バカと利口は紙一重~実話込み~
 「『源氏物語』」


 読む本も違うねぇ。

 奥ゆかしいというか何というか……


 「どこまで読んだ?」

 「『若紫』の途中まで」


 『若紫』っていえば日本を代表するマザコン男、光源氏が最愛の恋人、紫の上を誘拐するという内容の帖だ。

 口八丁手八丁で拉致監禁、とオレは思ったりするわけだが、それが合法だったんだからスゲェよな。

 まるで……


 「どうしたの?」

 「あ、ごめん。ちょっと思い出し笑いを……」


 まるで優みてぇ。

 ポケットの中でケータイが震えた。


 【終わったから教室行くよ】


 「読書の邪魔してゴメンな。また明日」


 メールは優からだったから、オレはカバンを持って教室を出た。

 階段の前の廊下に立って待っていると、優は階段を二個飛ばしで駆け上がってきた。


 「ふ~」


 オレの姿を見つけるなり走り寄ってくると膝に手を着いてちょっと荒い息。

 二、三度呼吸を整えて上体を起こした優の呼気はもう正常だった。


 「優、傘持ってる?」

 「持ってない」

 「はい」


 手に持ってた折りたたみ傘を優に向かって突きだした。


 「教室で廣子が雨宿りしてるぞ」

 「千亜希はどうすんの」

 「傘持ってる」


 優は唇を嘗め、一瞬なんか考えるような顔したあと、白い歯を見せて笑った。


 「ありがとな」


 何故か分からない。

 こういうとき、優はいつも無邪気に笑うのに、傘を受け取った優はやけに爽やかに大人っぽく微笑んだんだ。

 オレは階段の前で優と別れると、一階まで降りてから渡り廊下を歩き、

 違う建物を経由した後に四階のさっきいた教室まで戻ってきた。

 廣子の席には誰もいない。

 こういうときのために使おうと思ってた傘貸してやったんだからな、頑張れよ優。

 オレは自分の席に座って突っ伏した。




 それから、どんだけ時間が経ったんだろう。
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