snow story
【あの、質問いいですか?】


脱衣所の鏡を見つめながら

黙っている私に、メモを書き終えた酒田くんが言う。


【はい。】



【原本さんは何でこの仕事をはじめたんですか?】




今まであまり他人に話していない。

仕事を始めた理由・・・



【それって必要な話ですか?】


あまりにも冷たく答えた私に

酒田くんは一瞬黙ってしまった。

【一応そういうことを参考に自分のことをレポートに書かなくてはならなくて・・・】

申し訳なさそうに言う。



少し考えて私は口を開いた。

シングルマザーであること・・・

生活がかかっていること・・・

働いているうちに、介護に対して熱い情熱を持っていること・・・





19歳には重い話だったかもしれない。




【マコちゃん!】

リビングに戻ってきた私に利用者のシノさんが話かけてきた。

【今日のご飯なんだろね?私また皮むきするよ。】



この施設には、ある程度自分の身の回りのことが出来る方が入居されている。

ただ、みなさんに共通するのは

認知症であるということ。



認知症というのは、軽度であれば長期記憶(昔のこと)はよく覚えているのに短期記憶(最近のこと)がクリアでない。

脳の委縮によって引き起こされるもの。

認知症が進むと、日常会話が成り立たない方もおられる。

だけど、その人の世界で会話をするのが私は好き。


おじいちゃんこで育ったわたしには

利用者さんに長い長い昔話を聞くのは苦痛ではない。



【シノさんありがとう!じゃあ、じゃがいもの皮むきお願いできますか?】


笑顔で答えたところへ


【マコちゃん。今日あたし・・・】


口ごもったハナさん。


【ハナさん。一緒に行きましょうか。】


ハナさんと一緒にリビングから廊下に出て

トイレに向かう私たちに酒田くんもついてくる。

酒田くんには廊下で待ってもらって

ハナさんの介助を済ませる。


ハナさんとの会話は、ハナさんの世界がある。

リビングのソファーに戻ってハナさんと会話を続ける私。


やがて、ハナさんとのおしゃべりも終わった頃。

後で見ていた酒田くんが声をかけてくる。


【あの・・・あの会話で何でトイレとわかったんですか?】




確かに・・・

端から見たら会話が成立していない。

しかも【今、あたし】ではなく【今日、あたし】




【普段一緒に過ごしてるからかな。】



そう答えた私を

酒田くんは【?マーク】たくさんの目で見ている。



【ということで、今日は一日利用者さんの隣で一緒に過ごしてみてください。全てをあげるの は一見 親切ですが、大きなお世話の時もあります。私が常に心がけているのは個別ケア  と、利用者さんの想いに寄り添うことです。】



今はこの言葉の意味がわからなくてもいい。

実習が終わる頃に少しでも伝われば。

数学教師を目指しているという酒田くん。


教師と生徒は

人間 対 人間。

利用者さんと介護士もそれは同じだから。















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