ペイン
アイ
 学校での愛葉リンは死んでいる。というのも全ては自己管理のなさからきている慢性的な睡眠不足なのだが、それを良しとしないのが比較的校則を厳しめに設定している『ペイン学園』の方針なのである。比較的、といったのも、なにせ三ヶ月に一回の頻度で、学園長の気まぐれな感情と理念の揺らぎのせいで校則がリニューアルされる。
 そして、リンは気づく。
 四半期決算という経済用語を朝のニュースで耳にし、ああ、なるほど、そういうことか、というのをまざまざと気づく。四半期決算というのは三ヶ月に一回、夢と疲弊をもたらす企業活動の業績を評価する用語らしいが、まさに『ペイン学園』が行っているのも評価と気づきと改革を頻繁に行っている、と考えれば可愛いものだという大いなる納得をもたらした。
「リン!あと五分で五限始まるよ」
 クラスメイトの一人でクラスというか学校内に一人か二人は生息している情報通のアイが獲物を捕らえた後の鷲のようにサンドウィッチを咥えながらやってきた。手にはもちろん聖なる飲料水であるイチゴ・オレを持ちながら。ちなみに、リンもサンドウィッチを食べている。タマゴサンドである。
「やっぱり、私たちって親友だよね」
 アイは言った。言葉を発した直後、ゆるい秋風が頬をかすめた。髪をさらい、細胞の一つひとつを掃除するように。屋上のフェンス越しに、青と灰色が交互に彩られているチェックのミニスカートを押さえながら、リンはアイの方を向いた。
「なぜ、そう思うの?」
 ドライな一言をリンは放つ。内面には情熱と愛情が混在しているにも関わらず彼女は元来、性格が不器用なのである。高校二年という歳月を経過しているにも関わらず心を許せる友達はアイのみである。むしろ、ドライな感情を受け入れてくれる人物がアイのみなのである。いや、本当はみんなと仲良くしたいのだけれども、だから、不器用なのだ。
 みんなそういうものじゃないの?
「だってさ、二人でお揃いのサンドウィッチ食べてるじゃん。それもタマゴサンド。タマゴサンドってさ、夢があるよね」
 アイのショートカットが風で靡いた。さらに柑橘系の香水がリンの鼻孔を掠めた。不快ではない匂い。むしろ心地よい。悩み抜いた末に合致させたジグソーパズルのように。
「タマゴサンドはタマゴサンドでしょ。影も形もタマゴサンド。夢は秘めるもの。夢は具現化させるのが一番」
「ねえ、リン。そんな哲学女子じゃ、彼氏できないよ。高校二年なんだし、彼氏作って、今の内にたくさんのことを経験した方がいいよ。うちのお母さん、物凄く後悔してるもん」
「なにを後悔してるの?」
「こんなに才能ない旦那を選んだのは、学生時代たくさん男遊びをしなかったお母さんがいけないの。だからアイちゃん。若い内は男に揉まれなさい。二つのプリンのことじゃないわよ。男という感情を知りなさい、て聖母マリア以上に頭を深々さげながら懇願と慈悲を請われたもん」
 リンは吹いた。とても勇気と笑顔と戒めを誘うエピソードだと思った。これがあるからアイとの会話は楽しい。
「アイの家に合宿でもしようかな。多くの気づきと涙に誘われそう」
「それは確実」ジュル、とイチゴ・オレの最後尾音がアイの口元から響き、「本当に好きな人はいないの?」と真剣な表情で言われた。
 時が止まったような気がした。これは言ってもいいのだろうか。いや、いえないのではないか。
 アイが好きで好意を抱いている人をリンも好きになりつつある。それよりも、少しばかり複雑なんだけども。
「いないよ。むしろなんでそう思うの?」
 アイの鋭い視線は変わらず、「だって、綺麗になったもん。昔から言うし、私も体感したからわかるの。女は恋をすると綺麗になるって」
 アイの右手がリンの左頬に触れた。その手は冷たく感じられた。
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