隣の部屋のナポレオンー学生・春verー
Ⅰ
“我が輩はナポレオンである”
最後の段ボールが片付いて、あたしはひと段落ついたお引っ越しに額の汗を拭った。
あたし、曽根 緋奈子(そね ひなこ)は、今年で大学1年生になる。
今日から数ヶ月前、今までの怠ってきた勉強を巻き返すかのように、それはもう必死こいて受験勉強をした。
その末、ついに公立大学に合格した。
家から大学に通うのは時間がかかるので、大学の近くに引っ越してきたのだ。
つまり、あたしはこのアパートの部屋にきた時から1人暮らし。
バイトしつつ、大学生活を送りつつ、1人暮らし。
あたしが高校ライフよりも憧れてた、華のキャンパスライフというわけ!
入学式は今日に終わった。
つまり明日から本格的に授業も大学生活も始まるのだ。
気分が高揚して、いてもたってもいられない。
胸が高鳴るとはこのことを言う。
もう夕方も終わりだし、夕飯の準備をしなくてはいけない。
両親が(大量に)持たせてくれたミカンも消費したいし、早めの夕食としよう。
そう思ってキッチンに立つ。
ーハッ、ハッ、ハッ、と。
ペットのパグ・鋼太郎(こうたろう)が、あたしの足にすり寄ってくる。
もうこの子が、可愛いったらありゃしないのよ。
鋼太郎はあたしの足や、ミカンの箱が置かれている押入れを行ったり来たりしている。
昨日、同じくアパートの人たちにおすそ分けしたのに、まだミカンはどっさり残っている。
休日にスイーツでも作ろう。
このアパートは2階だてで、ひとつの階につき部屋は5つ。
下の階は満室なんだけど、この2階には、あたしと、隣に住む人しかいない。
「隣の人、かあ」
下の階の方々によれば、この部屋の隣人も、一昨日に越してきたばかりだという。
昨日、その隣の住人にもミカンを分けようと部屋を訪れたのだが、その時は留守だった。
いま、おすそ分けに行った方がいいよね。
あたしはふと思い立って、小さい段ボールを押入れから出すと、そこにミカンをなるべく沢山いれて、隣の部屋へと赴いた。
部屋を出てちょっと歩けば、直ぐに隣のドアにたどり着く。
あたしはどんな人が出てくるのか考えもしないで、インターホンを押しかけた。
……その時。
「……っあ、ああんっ」
……っ⁉
やけに色気を孕んだ男の声。
「……なに?感じてんの?」
「そんなっ……」
「やっぱ感じてんじゃん。
顔を真っ赤だぞ?」
「っあ……やっ」
攻められる側の男の声と、責める側の男の声が、色香を持ってドアの先から聞こえてくる。
……ちょっと待て。
なにやってんの?
いま夕方だよね?
夜の蝶々さんたちが舞い踊る夜中じゃないもんね?
こんなお天道様が照ってるうちから、なにやってんのコイツ。