落雁
「いった!!」
「仕方ないでしょ」
「いや、痛いって!いだだだだ」
唇の端に出来た切り傷を、抉る様にして消毒する司。
思わず顔を逸らす。が、また無理矢理正面を向かされてしまう。
「おまえ、わざと痛くしてるだろ!!」
「してないよ、人聞き悪いなぁ。ほら、前向いてよ」
「いででで首折れる!!」
顔中切り傷だらけなのか、消毒液が触れる度に滲みる。
中学生のときに転んだ以来だ。こんなに怪我をしたのは。
司が脱脂綿をゴミ箱に捨てる。
救急箱から湿布のようなものと、絆創膏を取り出した。
「痣がひどい」
「誰のせいだ」
「暴れるきみも悪いよね」
思わず黙ってしまう。
たしかに、あそこであたしが暴れなければ怪我はもっと少なかったかもしれない。
一方的にあたしが攻撃して、相手が防御の為にあたしを殴ったようなもんだったし。いや、あの女は一方的にあたしを殴ったけど。
ぺたりと司が絆創膏を貼る。
口元にたくさんの絆創膏が貼られて、口を動かしにくくて仕方ない。
「…しゃべりずらい」
「喋らなければいいんじゃない?早く治ると思うよ」
「何でお前、そんなに性格悪いんだよ」
「いつもだよ」
「つめたぁ?!」
ぴと、と湿布が頬に貼られた。
その冷たさに、思わず飛び跳ねてしまう。
「いきなり貼らないでよ!心臓に悪い!」
「ごめんごめん」
貼られた湿布の上から手を置いて見る。
ずきずきと痛む顔は、まるで虫歯になったみたいだ。もしくはおたふく風邪。
すっごい病人みたい。
司は救急箱の中身を片付けて、また隣の部屋に消えていった。
手当てもしてもらったし、早く帰らないと。
ソファから立ち上がった。
「っ、!」
立ち上がるのと同時だった。
ずくりと体に痛みが走る。
今まで体験したことのないような、息すらもできない、痛み。
一瞬で全ての力が抜けて、重心のかかる方に倒れてしまう。
倒れるときに、机にぶつかってしまった。
がしゃん、とひどい音がした。
「弥刀ちゃん?!」
音を聞きつけて、司がすぐに駆けつける。
恥ずかしいところを見られてしまった。
原因はすぐに分かった。わき腹だ。
いつの間にか、炎症してしまっていたんだ。
「どうしたの?」
「…、力が入らなくて」
そういうと、司は不思議そうに頭を傾げた。
あたしを起こそうとするらしく、背中に手を添えられる。
「、いいいいい痛い痛い!!さわんないで!」
添えられた瞬間に痛みが走る。
自分でも何故か分からなかった。痛みの箇所は、わき腹であるはずなのに。
「…弥刀ちゃん?」
司は不審そうな目をあたしに向けている。
困った。
力は入らないし、起こしてもらうにもどこかを触られるのは痛いし。
どうすればいいんだ。