落雁

脇腹がずきりと痛んだけど、今はそれすらも気にならなかった。

「…お前、司とやり合ったことあるだろ」
「…まぁ」
「強いだろ、あいつは」

あたしはこの間ジムで殴りあった時の事を思い出した。

「俺が初めてあいつに出会った場所は、ここから少し離れた空き地だ。誰も住みゃしないど田舎。弥刀も知ってるだろ??西区の」
「あぁ、知ってる」

西区と言えば、絶賛過疎地域だ。
小中学校がぱらぱらあるけど、住民が少ない。廃校になっていないのは数校だったと思う。

その反面、犯罪も多発する地域だ。
引ったくりや強盗などの犯罪が多く、治安が悪い。

「一応京極の管轄内だよね?」
「そうだ。その日、俺に直接応戦願いが来た」
「父さんに直接??」
「あぁ。京極の管轄内で暴れる奴が居たら鎮圧するのは知ってるだろ??その日は、甚三でもできなかったんだ」

あたしは知らず知らずの内に拳を握り締めていた。


「…司だよ。20人くらいの暴走族相手に暴れてたんだ、あいつ。
行ってみたら現場が凄いんだ。血の匂いと、赤一色。あいつたった1人で、20人の男と喧嘩だぜ。しかも、司はほぼ無傷ときた」

父さんは苦笑した。
まるで、その場面を思い出すような。

「この俺が、ガキ相手にびびったからな。あんな状況で、まだ俺らとやり合おうとしてたんだ、あいつ。
凶暴さのスケールが違うんだ。あいつは笑って人を殺せる、直感で思ったんだ」

馬鹿な。
普段ちゃらんぽらんしてる父さんだけど、その強さは知っている。

あたしが言うのも何だけど、父さんは当主に相応しい人間だと思っている。やるときはやる。
そんな父さんが恐怖を抱いたことが、有り得ない。

「そんな司を、放っておけなかったんだ、どうしても。ウチにも司みたいなやつはごろごろいるし、磨けばいい素材だ。
司は両親が居ない。学校にもろくに行ってない。友達にましな奴は居ない。とにかく、司は何もかもを知らない奴だったんだ。
そんな司が、弥刀に会って何か変わると信じていた。弥刀、お前は素直で真っ直ぐだから、司の何かを変える。俺はそう思ってたんだ。
その時まだ司は凶暴だったし、弥刀に会わせるには危険すぎた。弥刀が高校にあがるまで、司と会わせるのを待った。
2年も説得してりゃ、司も丸くなったもんだ」

信じられない。
2年も前から、父さんは司と言う存在をひた隠ししていたのか。
そして、2年前から司はそんなに荒れていたのか。今からはとてもそうには見えない。

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