落雁
□ □ □
「お嬢、退院おめでとうございます」
「やめて甚三、ここ病院。まじでやめてくれ」
真っ黒のスーツ着た甚三がふかぶかとあたしに頭を下げる。
ロビーを歩いていた看護士さん、車椅子のおじいちゃんが呆然とあたしを見ていた。
端から見れば完全やくざ、いややくざなんだけど、な男が女子高生に謝罪をしているようなもんだ。何者だってなるよな。
あれから2日が経った。
肋骨にヒビが入っただけだし、あたしは退院することになった。
これ以上病院で手当することもないし。
絶対安静とだけ言われ、あたしは病院を出ることに。
安静にできるかなぁ。自分で不安だ。
「…それで?」
「はい?」
「司はどうなった」
黒のベンツに乗り込む。
運転席に乗った甚三は視線を下げた。
「…まだ連絡はとれていません」
思わず溜め息をついてしまった。
司が、居なくなった。
それを父さんから聞いたのは昨日の話だった。
父さんに、当主になる意思はないと告げたきり連絡が途絶えたと言う。
司のマンションにも居ない、携帯も繋がらない。
あたしは納得ができなかった。
なんで、居なくなるんだ。
聞きたいことは山ほどあるんだ。
第一、本来ならば謝罪をしてほしいところだ。一応怪我してんだぞこっちは。
何かから逃げるみたいな。
そんな弱腰な態度も、面倒ごとを避けたような態度も、気に食わない。
「…本当に気に食わない」
「司ですか」
「だってさ、まだあたしあいつから何も聞いてないよ?!あいつ学校にも行ってないんでしょ?!どんだけ甘えてんのよ」
ろくに学校も行ってない。だから留年してでも更正させようってのが父さんの狙いじゃなかったのか。
そんな父さんの親切心を、嘲笑うような。
「くそぉー、絶対見つけ出してやる」
「お嬢、絶対安静ですよ」
「…知ってる」
この腑に落ちない感じが、気に食わないってんだ。