落雁
公園など、どこにでもありそうな外観のトイレ。
女子と男子に別れている。
女子側のトイレに入ろうとしたところだった。

「弥刀ちゃん!」

前方から、芽瑠の声がはっきりと聞こえた。
ただ、遠くの方からだった。

「芽瑠?」

トイレから出て、声がしたほうを見た。
商店街の並びからは一歩出た、ごく普通の道路だ。
所どころ古い民家が並んでいる。

男の怒鳴り声が聞こえた。
芽瑠の声と同じ方向だ。

「芽瑠?!」

あたしは道路のほうに走っていった。
大した距離じゃない。
4,50メートルくらいだ。

「み、と」

ちゃん、と続こうとしたその声は、車の中に押し込まれてしまった。
走りながら道路に近づいて、あたしは見た。

灰色のワゴン車に、あたしと同じ制服を着ている芽瑠が押し込まれた。
男が2人居た。

「おい!!てめぇら!!」

スモークがかって見えないが、車にも数人居るらしい。
あたしが走っているところを見ると、その男たちは急いで車の中に逃げいく。

発進してしまう。
そう思った瞬間、あたしは体が勝手に動いていた。

「うおりゃあああああ」

全力で走り、車のところまでたどり着く。
急発進する用意は整っていなかったようだ。
1秒の猶予が与えられた。

どうすればいい?考えろ、あたし。

考えるより早く、あたしの体は車のボンネットに乗り上げていた。
フロントガラス越しに運転手と目が合う。

「うわっ!!!」

一気にハンドルを切られて、急発進しながら、遠心力で振り落とされそうになる。
まずい。フロントガラスにくっ付いてたら、運転手が前を見ることができない。
このまま芽瑠が乗った車ごとお陀仏になってしまう。

速度に吹き飛ばされそうになりながら、あたしは必死で車のルーフによじ登る。
フロントが見えるようになったのか、左右運動が止められた。

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