落雁
や、やばい。やばい、これはやばい。
何も考えずに、走ってる車に乗ってしまった。
速度も出てるし、落ちたら死ぬのは確定している。
体勢を整えながら、なんとか息をした。
車の角という角を全身全霊の力を込めて掴み、風に吹き飛ばされないよう踏ん張った。
きっと車内では、あたしが振り落とされたことになっているんだろう。
男が窓から顔をだして、しきりに後ろを確認している。
上です、上。あなたたちの乗っている車のルーフにいますよ。
ラッキーな事に、ここは田舎だ。
車の上に人1人寝そべったくらいで突っかかるトンネルもない。
今回の問題点は、あたしが落ちないかどうかだ。
そして、他の運転手からこの姿を見られても、アウトだ。
通報されてしまう。
しかし、このワゴン車は背が高いし、軽くらいなら誤魔化せる…と願いたい。
「うおおおおおお…」
目を開けていると乾く。
息もし辛い。これはかなり危険な行動をしていると思う。
だけど。ここであたしが逃げたら、芽瑠はどうなるんだ。
誘拐。
芽瑠は可愛いから、されてもおかしくない。
芽瑠はあたしに助けを求めたんだ。
あの状況下で、「弥刀ちゃん」と呼んでくれた。
人付き合いが上手でないあたしと友達になってくれた、変わり者の芽瑠。
あたしが助けないで、どうする。
と、そこで車が止まった。
顔を上げると、赤信号が真上にあった。
ラッキー、と思い、今がチャンスとばかりに落ち着いて空気を吸う。
体勢を整えて、しっかりと車に張り付いた。
冷静に考えて、携帯を取り出す。
即座に考えたのは、甚三だった。あいつはすぐに出てくれる。
頼む、信号が変わる前に。
「甚三、あたし。灰色のワゴン、ナンバーは○○-○○、京極の管轄内逃走中、急いで!!」
信号が変わる前に、携帯を切った。
きっと、甚三なら分かってくれるはず。きっと、動いてくれるはず。
もう1度しっかりと張り付いた。
さっきよりは、体勢が安定している。
きっとマナちゃんとアミちゃんはあたしが車に乗り上げるところを見てると思うし、甚三にも連絡をした。
これであたしのできることは終わった。
あとは、車が止まるのを落ちないように待つだけだ。