落雁
理解不能度130%
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近くで物音がして、あたしは目が覚めた。
ゆっくり目を開いた。
天井を見つめると、ここが自分の部屋だと分かる。
そして、物音がしたほうに目をやった。
「ごめん、起きた?」
「…つかさ」
あたしの枕元に座ったのは、制服のままの司だった。
「…なんで怪我してんの」
その口元に、大きな切り傷があった。殴られたみたいな。
「…まぁ、ちょっとね」
「芽瑠が誘拐されたときにやられたの?」
「違うけど」
上体を起こした。
司が怪我なんて珍しい。
「寝てなよ、起きても今真夜中だよ」
「いいよ、どうせお風呂入るし」
自分も制服のままだった。
かなり深く皺がついてしまった。仕方ない、明日は予備を着るか。
「弥刀ちゃんは怪我、大丈夫なの」
「怪我?あぁ、大した傷じゃないよ」
口元に手をやった。右頬を押さえるとずきりと痛んだけど、そんなに重症じゃない。
ふと枕元を見ると、溶けた保冷剤が置いてある。
「…これ」
「あぁ、弥刀ちゃんが寝てる内に冷やしてたの。痣って放置すると色がすごくなるでしょ」
「司が?」
そう聞くと、司は悪い?とでも言うように、眉を寄せた。
「優しいとこもあんじゃん。ありがと」
「何言ってるの、僕なんか優しいとこだらけじゃん。優しさの塊」
「…」
司は右手に持っていた溶けていない保冷剤を、あたしの頬に当てた。
「つめた」
「仕方ないでしょ」
熱が籠っているそこが、だんだん熱が分解されるように、冷たくなっていく。
痛みが少しずつ和らいでいく。
司にじっくりと見つめられる。
「…なに」
寝起きで、髪の毛ぼさぼさだし、制服も皺だらけだ。じっくり見たって嬉しいものは1つもないだろう。
「弥刀ちゃんは、僕を守ってくれたよね」
「え?そうだっけ?」
「撃たれそうになったとき、何で僕をかばったの?」
記憶を辿る。あぁ、たしかに倒したと思われた茶髪が銃口を司に向けたっけ。
「何で…って…。なんか、考えるよりはやく、体が勝手に動いたんだよ。司には死んでほしくない」
司は笑った。
「なにそれ、単細胞」
「はっ?!失礼な」
保冷剤が置かれる。代わりに、司の温い手が頬に添えられた。
「…弥刀ちゃん」
「ん」
あんなに人を殴ったとは少しも思えない、綺麗な手だった。
「僕ね、弥刀ちゃんを守りたいんだ」
まっすぐあたしを見て、そう言われた。