落雁
バタン!!
あたしは勢いよく風呂場のドアを開けた。
「あら、弥刀じゃない」
籠った個室から聞こえた声が、反射する。
「…母さん」
その声の持ち主は、何日ぶりに会っただろうあたしの母、賀奈子さんだった。
「どうしたのこんな遅くに。あ、そういえば今日大変だったわね」
母さんはいくつになっても老けないその顔を笑顔にさせて、頬のあたりを突いて見せた。
「や、まぁ…。いつものことだし」
「あんまり無理しちゃだめよー?弥刀も、女の子なんだから」
浴槽のふちに顔を乗せ、母さんは可憐に笑った。
あたしなんかよりよっぽど若々しいと思う。
あたしは座って、桶で頭からお湯を被った。
「なーんかあったのー?思い詰まった顔しちゃって」
どきりとした。
そんなに顔に出ていただろうか。
さっきの出来事が、今も頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
司の、キス。
「あ、図星ねー。さすが私の娘、すぐに顔に出るわ」
うふふと母さんはあたしの顔を見て笑った。
やっぱり母さんは母さんだ。どんだけ会ってなくても、昔からこの人に隠し事は通しきれない。
シャンプーを手にとって、頭であわ立てる。
血で固まった部分が溶けるように。
「守りたいって、なんだと思う」
ちらりと母さんを見た。
こんな時頼れるのは母さんだ。
司の言った意味不明の言葉の核心を、母さんに聞いてみるのは滑稽だが、少しでも経験豊富な母さんに意見を伺いたい。
「んー、守りたい、ねぇ…」
頬杖を立てて、天井を見つめる母さん。
あたしはシャワーを頭から被り、泡を落とした。
床を伝って排水溝に流れる水が、茶色なのにはもう慣れた。
「私はねぇ、独占したいって意味だと思うわ」
「?!」
思わず吹き出してしまった。
シャワーを止める。
「だって、他の人の攻撃から、その子を“守りたい”んだとしたら、それは自分以外の誰かにその子を汚されたくないってことでしょお?つまり、その子の全てを独占したいんじゃなぁい?」
母さんは笑った。
「司でしょお?」
あたしはみるみるうちに顔が赤くなるのを感じた。
母さんはそれを茶化さないからよかったものの、ここに芽瑠が居たらどんなことを言われるか。
「司はね、器用そうに見えて、不器用だから」
「…ちょっと怖いんだ」
あたしはリンスを髪に馴染ませながら、つい本音が出てしまった。
母さんは耳を傾けてくれる。