落雁
あたしは京極弥刀(きょうごくみと)。
江戸時代から続いている京極一家の一人娘だ。
所謂やくざ一家。
「お嬢」
あたしの付き人、甚三が後ろから声をかける。
「今日の朝ごはんはパンで?」
振り向くと、白い割烹着に身を包んだごつい男が立っていた。
いつもはスーツ姿の恐ろしい顔をした甚三が、毎朝こんな格好をしていると言うんだから笑えてくる。
「うん、パンがいい。甚三特製ココアも」
つい顔が緩んだ。
あたしが食べたいものは大抵甚三は知っている。
ご飯よりパンが好きなことや、紅茶よりココアが好きなこと。
甚三とはあたしが小学3年生の時からの付き合いだから、かれこれ7年の付き合いになる。
あたしは座布団の上に正座し、漆が塗られた黒い机に肘をつきながら、欠伸をした。
窓の外を見てみると、まだ太陽は昇っていない。
庭園の胡蝶蘭が暗がりにひっそりと咲いていた。
「今日は冷えるね」
お盆を持って入ってきた甚三は無言で頷いた。
目の前に置かれた温かいココアとクロワッサンに少しだけ心が弾んだ。
それに気付いたのか、甚三は少し笑った。
笑ったと言っても彼は元々恐ろしい顔付をしているから、笑ったことによって目が細くなり、より不気味になったことは否定しない。
甚三が作った朝食を食べ終えると、あたしは席を立って部屋から出た。
外気の冷たさに体を震わせた。
「お嬢、今日も行くんで?」
「当たり前でしょ」
それだけ言うと、心配そうにあたしを眺める甚三を置いて襖を閉めた。
「お嬢、おはようございます」
「うん、おはよう」
廊下ですれ違う部下達に挨拶をしながら、あたしは“目的の場所”に足を進めた。
「おはよう。今日もあたしが起こすから、そこどいて」
ある一室の襖の前に立ち、正座をしていたジャージ男を足蹴にした。
「お嬢、勘弁してくだせぇ…俺がご当主にどやされちまう」
ジャージ男が困ったように小声で言った。
あたしは構わず目の前の襖を勢いよく開けた。