落雁
どうしてその傷ができたのかその経緯を聞く勇気もなく、毎回痛々しいそれを眺めるだけである。
「あ、弥刀ちゃんおはよう」
鞄を机の上に置いて、授業の用意をしている芽瑠は、柔らかい笑顔であたしに手を振った。
「どう?なんか考えた??」
「…なにも考えてないよ」
ちらりと席の離れている司を見る。
1人2人と女子が周りに集まり始めているのがすごい。
「まぁまぁ、時間はたっぷりあるってー。そんな根つめた顔しないでよ。むしろここは、舞い上がってもいいくらいなんだよー」
「どこに舞い上がるんだ」
「きゃっ、そんなに睨まないでよ、怖い」
芽瑠は笑った。何回見ても可愛い。
こういうのが、“恋愛の対象”だと思っていたんだけどな。
より一層、あたしがなぜ告白されたのかが分からなくなってくる。
この日は剣道部に顔を出すことにした。
ごっつがいるボクシング部になんて、どんな顔をして行っていいのか分からない。
司も今日は大人しく自分1人で帰るらしいし、今日は心行くまで鈍った体を鍛えなおしたいと思う。
胴着に着替えて、部室に置かせてもらっている自分の竹刀(男子用)で素振りからはじめる。
終業してすぐに武道場に来たから、まだ部員は居ない。
広い武道場にあたし1人が素振りをしている。
外のほうでちらほらと教室から出てくる生徒の声が聞こえた、
真冬の武道場は寒い。袴もまったく防寒の意味をなしていない。それでいて裸足だ。
本当につらいのは最初の3分だけ。
3分を過ぎると、寒いと思っていた道場内も暖房がついたかのように暑くなり、汗が出る。
「おっ、京極今日は剣道部~なんつってぇ」
同じ学年の剣道部員が笑いながら入ってくるのに気付いて、あたしは手を止めた。
笑っていながらも道場に一礼するのは忘れない。そんなやつだ。
「京極ぅ!!てめ、女子の竹刀使えって部長も言ってんだろー。試合でトチるぞ」
「…素振りは男子のでいいじゃないか」
部員の彼はエナメルを担ぎなおして、更衣室に入っていった。
こめかみから滲む汗を手の甲で拭って、再び竹刀を構えた。
右側の大窓からちらりと見慣れた人影が見える。
用具入れが邪魔してよく見えないし、遠くにいるので顔はよく分からないが、そのいかつい体型をあたしは知っている。
「ごっ!!!!」
「はぁ??」
思わず叫んでしまった。
更衣室内から彼の怪訝な声が聞こえる。
「たっ田中!!!今日は帰る!!!」
「帰るってお前、まだ始まってもねーだろ」
更衣室の扉を開けて顔を覗かせる彼は、いかにもあたしを不審がっている顔だ。