落雁
あたしは田中がいる更衣室の隣、女子更衣室に飛び込んだ。
すぐに袴を脱いで、制服に着替えた。
あのシルエットは間違いない、ごっつだ。
制服だったし、ボクシング部の部室から離れた武道場の近くに居るということは、あたしを探しているのかもしれない。
ごっつに会わせる顔がない。なんて喋ればいいのかわからない。
とりあえず、ここから逃げよう。
「弥刀っちいますかああああああ!!!」
武道場の扉が開けられた音がした。
その声は間違いなくごっつだ。
「おーい京極、誰かが呼んでっぞー」
田中の間抜けた声を聞き流し、袴を適当にたたみ、制服のリボンと荷物を持って、裸足のまま更衣室の窓から飛び降りた。
飛び降りたといってももちろんそこは1階だし、ただ窓を経由して外に出ただけだ。
裸足のまま下駄箱に向かって走った。
お願いだから、ごっつに見つかりませんように。
□ □ □
「ありがとう、甚三。ちょっとコンビニ寄ってくから、ここでいいよ。先帰ってて…」
「なんか今日は疲れてますね、お嬢」
暖かい黒ベンツの車内で、あたしは溶けていた。
なんとかごっつに見つからず学校を抜けることができた。
なんで逃げるんだと問われるのも、告白の返事はどうなんだと問われるのも困った。
文字通り死ぬ気で逃げた。
甚三はあたしに言われたとおり、家から徒歩数分で着くコンビニの前で、あたしをおろしてくれた。
随分前、不良に拉致されたという不快な思い出があるが、あんまん食べたさには敵わない。
せっかく袴に着替えたのに、数分間素振りしただけで終わってしまった。
まぁいい。あの場でごっつに遭遇するよりはよっぽどマシだ。
あとは田中が上手く言ってくれれば何も文句はない。
会計を済まして、コンビニを出る。
外の冷気は汗をかいたあとのあたしには寒すぎた。
「はぁ…」
今日は金曜日だ。やっと金曜日。
土日でゆっくりできる。はぁ、安心する。
なるべく風に触れないように、俯きながら歩いた。
最近、鍛えられてなくて本当にストレスだ。どんどん筋肉がなくなっていくような気がする。
証拠に、この間は2キロ減ってしまった。
「っ、なんで!!私はこんなに好きなのに!!!」
ウチの前だった。
京極の門のまん前。
女が叫んでいる。