落雁
「…ん??」
最初は状況がよく理解できなかった。
こんな真冬に短パンで、薄手の黒タイツを履いている、どちらかと言えばケバい方の部類に入る若い女の子。
別れ喧嘩な雰囲気だ。
なんでまた、我が家の目の前でそんな…。
え、まさかウチのもんが??
サブロウか?彰文か??え、サル??
もしかして、女と半端な別れ方をした??
いやいやでも、みんな大人だし、こんなギャルとは間違っても付き合わないはず…
あたしはレジ袋を握り締めて、歩を進めた。
もう少しで、女が怒鳴りつけている相手が見える。
「じゃあ、誰が好きなの…?私より、私のほかに好きな人ができたの…?」
女の数歩後ろに着いた。
女はあたしに気付いていない。
あの、喧嘩はよそでしてくださいと声をかけるつもりだった。
「私、司しか考えられないの」
その言葉とあたしが顔を上げたのは同時だった。
京極の門の中には、制服を着ている司が立っていた。
司もあたしに気付いた。目が合う。
笑っていなかった。無表情だけど困ったような、戸惑っているような表情。
つまり司の元カノがこの女で、別れたくないこの女は、司が居候している京極家の場所まで嗅ぎ付けたってこと?
…いい迷惑だな。
私情のもつれを家の前まで連れて欲しくないんだけど。
現に今、あたしは家に入れないしかなり気まずい。
いっそのこと、この元カノがあたしの存在に気付いてくれたらいいんだけど。
「司が、好きなの…!!!」
人の告白現場、もとい別れ話に居合わせるなんて野暮だ。
裏に回って裏口から入ろう。
方向を変えた時だった。
女が背伸びをしている。
どうしても視界の端に入ってしまう2人は、距離が近い。
なんのツキなのか、あたしの角度からは丁度2人の口元がしっかりと見えた。
女は、司にキスをした。
背伸びをして、その細い腕で司を引き寄せて、唇を重ねた。
司の薄い唇が、彼女のオレンジ色に染まった。
「…は、なにしてんの」
あたしが言いたいその言葉は、あたしが言ったものではなかった。
「こういうの、迷惑なんだけど」
司は女の肩を掴んで、突き放した。
唇についたオレンジ色を、中指で擦る。