落雁
「僕がきみに1度でも好きって言った??…勘違いしないでよ、迷惑。どういった手段で僕の場所を知ったのかは知らないけど、もう2度と来ないでね。今回は目を瞑ってあげる」
はっきり、淡々と司はそう繋いだ。
関係ないあたしでも、心にずしっとくるものがあった。
「ちょっと司、それは言いすぎじゃ…」
思わず声をかけてしまう。
だけど、女はあたしに振り向きなんかしなかった。
様子が変だ。
「…ざけないでよ」
小さな拳を握り締めて、震えている。
これが寒さでも恐怖でもないのは伝わった。
彼女のビビットピンクの鞄が道路の上に落ちる。
司は気付いていないようだった。
無機質に震えている女を見下ろしている。
「…そう言うことなら丁度いいわ…。最後のチャンスをあげたつもりだったけど」
何を言っているか分からない、と眉を寄せる司。
それと同時に、あたしはあんまんが入ったレジ袋を落としていた。
「つ、かさ!!!!」
あたしには見えた。
女は、小さいナイフを持っていた。
今、上着のポケットから小柄なそれを取り出そうとしている。
反射だ。
中学の理科の時間で習った。
熱いものに触れたとき、考えるより先に手を引っ込める。
それと同じだった。
脳みそをとにかく何かが支配する。そしてその何かが、あたしの体を勝手に動かすんだ。
女がナイフを司に向けた。
守らないと。
あたしは気付いたら、司の前で手を広げていた。
いきなり視界の前に登場したあたしにびっくりしたのか、ナイフを持つ手は止まらない。
「っ、!!」
なんとかナイフに触れる寸前で、女の細い腕を掴む。
果物包丁だった。なんとかその先端は、あたしの腹に刺さらないでいてくれた。
「ば…か!!!なにやってんだ」
あたしは女から果物包丁をひったくった。
しばらく呆然としていたが、すぐに女は警戒心剥き出しの目をあたしに向ける。
「な、によあんた!!!」
「おい」
後ろから司の腕が伸びてきた。
がしりと女の首を掴む。
「…誰かに買われたでしょ?僕を刺すようにって。だれ?」
は?何を言っているんだ、こいつは。
割と真面目な顔をしている司を妙な目つきで見てしまう。
「は、なんのこと?」
「ふざけないで言ってよ、ほら早く」
「司!!やめろ」
女の表情が一気に変わって、何が起こったかわからなかったけど、司の指が女の首を絞めたんだと気付く。
あまりにも変化がなさすぎて、分からなかった。