落雁
鈍い音がした。
あたしは目を疑う。
「だれ??」
女が道路にへたり込んだ。
司が、女を容赦なく殴ったんだ。
女の右頬が腫れ上がって、口元は血が滲んでいる。
司はあたしの手を振りほどき、女の前にしゃがみこんだ。
胸倉を掴んで、また容赦なく殴る。
何の言葉も出なかった。
「…火緋の…タツル」
司が予想したとおり、女はあたしの知らない人の名前をその血だらけの口で繋いだ。
タツルという人物に金を貰って、司を刺せと言われたらしい。
「でも、司の返事が良かったら、お金は返すつもりだったの…!!司が、司があたしのものになるなら、助けてあげても」
「帰れ」
もう1発女の顔を殴って、今度は道路に転がした。
女が履いていた黒のピンヒールが片方脱げる。
「…ちょっと、司」
「入ろう、弥刀ちゃん」
あたしは、あたしが落としたあんまんのレジ袋と、司に殴られた女から目が離せないまま突っ立っていたが、司があたしの腕を強く引く。
「ちょっと、待てって、おい司!!…あの女だれ? あのままでいいの?」
どんと背中を押され、家の中に入れられる。
靴のまま乗り上げそうになり、慌てて靴を脱ぐ。
次いで司も当たり前のように靴を脱いだ。
彼に変わった様子はない。変わっているといえば、笑顔がなかったということだ。
司は無言であたしの横を通り過ぎて、司の部屋(仮)が用意されてある2階へあがろうとしていた。
「ねぇ、ちょっと司」
あたしも後ろについていく。
あんな私情に巻き込まれて何も分からないのは、もどかしい気持ちが半分、腹立たしい気持ちが半分。
司が逃げるようにして早足になる。
階段を上りきると、長い廊下をすぐに歩いてしまう。
この家の娘が言うのもなんだが、家の仕組みを理解していない。
広いのだ。この家は。それでいて小さめの部屋数が多い。
もともと京極家の組員も居候するつもりで作られているし、来客用の部屋が多い。
更に言えば、毎回毎回部屋の構造も部屋に居候している人も変わるので、把握しきれていないのだ。
くねくねと器用に角を曲がっていく司の背中を何とか追う。
あれ、こんなところに部屋あったっけ…
あれ、こんなところに窓あったっけ…
「ちょっと待ってよつかさ、なんで逃げるんだよ」
また曲がって、長い廊下に出る。
そこで司は1番奥の部屋に消えた。襖が閉まる音がする。