落雁

なんとか司が消えた襖の前に立つ。
絶妙に遠回りしやがって。無駄に何周もしてしまった。

ゆっくり襖を開ける。

古い木のにおいの後ろに、甘い香りが漂っている。

「…」
「…ごめん」
「…いや、いいけど」

あたしが襖を開けた時、丁度司は制服のシャツを脱ぎかけているところだった。
白い腹と背中が目に入る。
あたしはすぐに襖を閉めようとしたが、司がシャツを着直したのでその手を止めた。

司があたしを部屋に入れて、襖を閉める。

「…言いすぎなんじゃないの、あの女の子に」

言いたいことは山ほどあるが、とりあえず1番に言いたいことを口にした。

司は苦笑しながら、床に敷きっぱなしの布団の上に座った。

「ほんと、弥刀ちゃんってお人よしだよね。刺されかけたんでしょ??」
「殴る必要なかったでしょ?あの子はこっちの世界に足入れてるわけじゃないんだから」

うーん、と司は目を泳がせた。

「火緋に足突っ込んでる時点で、もう戻れないよ。ああでもしないと、あの子はまた僕に突っかかってくるでしょ」
「…ヒヒ??なにそれ、猿?」
「…炎の“火”に、緋色の“緋”ってかくの。ざっと言っちゃえば、たちの悪い不良集団みたいなもんだよ」
「司の友達とは何が違うの?」
「…あのね、弥刀ちゃんはレイジ達との集まりを、不良集団とか暴走族だとか思ってるみたいだけど、別に組織とかじゃないから。ただ人がたくさん居るだけのところだから。
火緋は違う。会員制みたいなもので、限られた人しかその場所に居られない。組織として機能してるんだ」

あたしも司の目の前に座り込む。
畳が若干温かく感じた。

「何でそんなに詳しいわけ?」
「…あのさぁ、火緋なんて、ここら辺の地域じゃ有名でしょ?警察も、多分京極の皆も名前くらいは知ってると思うよ」
「えっ」

初耳だ。あたしはそんな組織、初めて聞いた。
そうか、有名なのか。覚えておかないと。


「…ごめんね」
「は??」

あたしは顔を上げた。
謝罪の言葉は、司からのものだった。

「何が??」

司と目が合う。
長い睫毛が見えた。毎日毎日増えていく顔の生傷が痛々しい。

「…守りたいって言ったのに、巻き込んで。ナイフなんか、気付かなかった。もしかしたら、弥刀ちゃんが刺されていたかもしれない。本当なら、僕が弥刀ちゃんを守らないといけないのに」

申し訳なさそうに目を伏せる司を、ただ呆然と見てしまった。

おそらく、おかしいことを言っているわけではないのに、どうしても司の言っていることは“間違っている”ように聞こえてしまう。


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