落雁
金髪が直立に立つから、あたしはずるりと落ちる。
「…ちょっと、」
「司が俺たちに気付いた」
「は?」
金髪はまっすぐ奥の方を見ているが、人混みがすごくてとてもじゃないけど近づけない。
ただでさえ人混みは苦手なのに、その全員が男で特攻服と来た。空気も吸いづらい。
「あたし、あっち行ってるから」
聞いていないだろう金髪にそう言って、あたしはエントランスから離れた。
エントランスは熱気がすごい。暖房もないはずなのに、汗が出たくらいだ。
ロビーの寒さが丁度いい。
「…あんた、人に物聞いといて勝手に居なくなるのね」
ロビーの柱にもたれていると、先ほど喋っていた女が現れた。
「…あ」
あんたは司の彼女なのか、と聞いたことを思い出した。
そうだ、勝手にあたしがこの人の前から居なくなったんだ。
「すいません」
「いいけど。あんたが馬鹿で安心した」
その人はどっかりとロビーの椅子に座った。
さらさらの茶髪ストレートで、細い。顔も手のひらに収まるんじゃないかってくらい、小さい。
純粋に、とても可愛いと思った。
「私が逆に聞くけど、あんたは司のなに?」
足を組んで、上目遣いであたしを睨んでいる。
後ろに蛇がいるような気がした。怖い。
「えー…あたし?」
あたしは司の何なんだろう。
司が居候している家の娘??クラスメイト??他人??
「…まぁなんでもいいけど、アンタ司のことが好きなんでしょ?」
「はっ?!」
ものすごい決め付けだ。あたしは何も言ってない。
まるで自分が言ったことが間違うわけがないというように、自信満々だ。
「私、べつに司の彼女とかじゃないんだよね」
「…え?」
「あいつ、彼女作らないし」
拍子抜けした。てっきり、元カノかと思っていた。
「夜だけ」
「は??」
にこりとその人は笑う。
「夜だけの関係」
つけまつげだろうか。上から見ると毛虫みたいで怖いな。
「…え」
彼女は夜だけの関係、と言った。その意味はさすがにあたしでも分かる。
ただ、理解できなかった。
「…ねぇ、なんでここに居るの」
耳元に息がかかって、脳みそに直接語りかけるような声が響く。
背筋がぞくりと凍りつく。
あたしは勢いよく振り返った。
「つ、かさ」
柱の後ろから顔を出して笑ったそいつは、見間違うはずがない司だ。
黒色のVネックから覗く鎖骨に、血がついていた。
あたしは思わずそれに触る。
傷口はなかった。ただの、返り血。