落雁
「頼むから、勝手なことしないでくださいね」
「あたしだってそこまで単細胞じゃないっつの!」
「どうだか…」
車は山の方面に入っていった。
「何でお嬢入れること許したんですかねぇ、兄貴は」
サブの独り言を聞き流しながら、あたしは遠くのほうに目を凝らす。
なんで、山??
狭い狭い道を通って、車が通れない道に出る。
あたりは何もない。民家らしきものも見当たらない。
こんなとこに、何しに行くんだ。
「…ここ??」
「ここからちょっとばかし歩きます。車が通れないもんで。お嬢、降りますよ」
外に出る。かなり温度が低かった。
一瞬で体が凍りそう。
見渡してみると、見慣れた車が数台ある。
甚三の黒ベンツもあった。
どうやら、今日の“仕事”場所のようだ。
ってことは。
「司は仕事だったってこと?」
サブに問いかけると、サブはそれこそ口ごもりながら、イエスを出す。
ショックだった。
あたしは現場になんか行かせてくれないし、行ったとしても車で待機だ。
「なんで、あいつ、当主なんてやりたくないとか言ってたのに…」
「うぇ??お嬢、聞いてないんですか??」
傾斜をどんどん進んでいく。
底が薄いスニーカーが、足の裏に砂利の感触をリアルに伝える。
「あいつ、どんどん上手くなってるんすよ」
「…そんなこと聞いてない」
だんだん道がなくなってきて、木々が犇めき合うような林に入る。
「…つまり、次期当主確定…」
「いやぁそれは、兄貴が決めることっすから、まだ分かりませんよ」
「…次期当主確定…」
生きる希望がなくなってきた。
あたしの夢が…京極を背負う夢が…
「…弥刀ちゃん??」
聞きなれた声に顔をあげた。声の主は分かっている。
「何で居るの??」
真っ暗な闇に、白い顔だけが浮いて見える。
そりゃそうだ、彼は黒いスーツを着ていた。黒に溶け込むのも自然か。
あぁ、全然知らない司だ。着てるものが違うだけで、こうも人って印象が変わるのか。
「司」
「何で居るの??」
司の眉がどんどん寄る。不機嫌そうだ。
「兄貴の許可は下りた」
「…辰巳さんが?」
「他の奴らは?」
「…奥に居るよ。僕は見張り」
サブが林の中に入っていく。
あたしも着いていこうとしたら、司に引き止められた。
「なんでとめるんだよ」
「…行く必要ないでしょ」
「今日は何やったの?」
ぐい、と腕を引っ張られる。
「…遺体が捨てられてたんだよ。それの、簡単な調べ物。」
「京極の?」
「いや、違う。他の組」
司は腕を組む。険しい表情は崩さない。