落雁
「…、わっ」
肩を抱かれて、引き寄せられる。
あたしの体は簡単に、司の腕の中に収まった。
「どうせ寝るなら、一緒に寝ようよ。ただ、寝るだけ」
司は瞼を閉じる。
あたしより長いんじゃないかってくらいの睫毛が見える。
「…仕事がまだあるんじゃないの?」
「大丈夫だよ、甚三は行きたくなけりゃ来るなって行ってたし」
「それ、本当に大丈夫??」
司の目が開く。そして笑った。
「僕は今、弥刀ちゃんと居たい」
力強く引き寄せられる。
司の甘い匂いが、鼻腔を擽った。
「…ねぇ、なんで京極の当主をやろうと思ったの?」
「気変わりしたって言ったじゃん」
「…納得いかない。…あたしが当主になるのは無理だって分かったけど、司がそんな気持ちなんじゃあたしは諦めきれない」
「…えぇ、言わせる??」
あたしは顔を上げた。司は苦笑している。
窓の外で光っている月に照らされて、司の顔は青白く見えた。
「…弥刀ちゃんだよ」
「は??」
「ほらもう、理解力ないから」
司はへらへらと笑う。高校もろくに行ってないやつには言われたくなかったんだけどな。
「…弥刀ちゃんが、手に入ればなんでも良かったんだ。僕があの時点で京極をやめてしまったら、弥刀ちゃんとの共通点はなにもなくなるでしょ??」
頭を殴られたかのような衝撃だった。
信じられない。ありえない。けど、何故か顔が熱くなる。
「…ふ、不謹慎な…」
「あははは、まぁ、そうだけど。きっかけなんてそんなもんだよ。一旦やめるって辰巳さんに話はつけてあったのに、また当主目指しますって話したら、怒られて。今もまだ喧嘩中なんだけど、ほらこれ」
と言って、司は顔の痣たちを指差す。
この怪我の正体は、父さんだったのか。
「あの人、中途半端なことが嫌いだもんね。いつ許してくれるんだろ」
「…、司は」
「ん??」
司があたしの目を見つめる。
あたしのほうを向くと影で暗くてよく分からないけど、多分笑っている。
「なんでそんなに、あたしのことを好きになったの?? 面倒だとか言ってた、当主の座も引き継いで」
しばらく沈黙が続いた。
触れていけない話題だったのかもしれない。
重い空気に居た堪れなくなって、あたしは話題を変えようとした。