落雁
「弥刀?きいてたあ?」
母さんの間延びした声にはっと顔を上げた。
「えっ、聞いてなかった。なに?」
「だから、今日は2人でショッピング行ってくるのよ〜って」
父さんと母さんはにやにやと笑っている。
聞くほどのことじゃなかった。
父さんの貴重な休日は大抵母さんとのショッピングだ。
「あ、あぁ…。はい、どうぞ」
「弥刀、なんだそのつめたーい態度は」
「楽しんできてねって言ったのー」
「お土産待っててねぇ」
2人はご機嫌よく立ち上がる。
2人の背中を見送って、あたしは食器を流しに出した。
袖を捲って、我が家に居候している下っ端どもの食器もまとめて洗うことにする。
「じゃあ、行ってくるわね〜〜」
グレーのロングコートにボルドーのストールを巻いた、幾つになってもモデル体型の母は、余所行き着物に余所行き羽織を身にまとった気合い入りまくりの父の腕に自分の腕を絡めた。
ああ、2人はいつでも仲良しだ。こっちが疲れるくらい。
「本当に運転いらないんですか?」
玄関先で見送りに来ている父のお付き、源さんは不可思議そうに父を見ている。
「いいって、2人に水差さない方が世界は上手く行くって世の中の理じゃん」
「お嬢…深いっす」
「何言ってんだ。じゃあな」
「お土産待っててねぇ〜」
ガラララと引き戸は締まった。
「そうだ源さん、あたしも買い物行ってくる」
「なんすか、お嬢も。そんくらい俺が行きますよ、それか甚三呼んで…」
「いいよ。甚三はきょう忙しいみたいだし。それに自分で行きたいの」
捲ったままだった袖を直す。