落雁

「なんであたしの名前知ってんの」

いつもより掠れた声で喋りつづける。
喋っていないと緊張と恐怖でどうにかなってしまいそうだった。

「あんたは誰、」

車の揺れに呻きながら、あたしは運転手を見遣った。

「…うるせぇ女だな」
「轢いといてなんだよその口ぶりは」
「黙ってろ」

荒っぽくもなく、落ち着いた口調であたしを牽制する。この冷静さが逆に怖いんだ。
なんでそんなに落ち着いていられるんだろう。仮にも、人を車で轢いておいて。

普通、少しは動揺するだろう。
普段からこいつは死なないぎりぎりを見極めて、車を使っていることになると考えられるのが恐ろしい。

なんだろう、やっぱり誘拐なんだろうか。

誰が?何の為に?
京極を敵視している組だろうか。
司の友達?あたし何かしたっけ。
この間の遠足の誘拐犯どもが復讐を…とか…

頭の中にたくさんのパターンが考えられる。どれもおっかないや。

動く目玉だけをフル活用して車内を見渡す。

窓に、バスで使われているカーテンがついていること以外、何ら変わりない。
お陰でフロントガラス以外で伺える外の状況は皆無だ。

わからないものは仕方が無い。
まずは自分の怪我の状態を知る必要がある。あたしもだんだん冷静さを取り戻してきた。

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