落雁

「そこ座れ」

外から帰ってきた格好のまま、当主は腕を組み司に正座させる。
びりりと空気が重くなる。おっかねえ。俺だって当主の雷は一生食らいたくねぇ。
司に同情したくなる。

「弥刀がお前のせいで誘拐された。てめぇ、なに弥刀を巻き込んでんだ!!!」

司の目が開かれる。

「お前は弥刀を守りたいんじゃねぇのか」

司は何も答えず、真っ直ぐ当主の目を見た。

「1回だけチャンスをやる。今からお前は京極家の若頭として、アホガキどもに借りを返しに行け。もちろん、1人でだ」

俺には当主の後ろに虎が見えた。
いつもの温厚な顔は何処へやら、憤怒の表情、まさに12代目の顔である。
今にも司を殺しそうだ。

はい、ときっぱりと司は言い切った。
あの当主に負けていない。

そのまますっと立ち上がり、2階に消える。恐らく着替えているのだろう。

「辰巳さん、これが司のラストチャンスってわけね」

姐さんは靴を脱いで、当主に手を差しのべる。
いつもは姐さんにデレデレである当主も、表情を崩さず家に上がった。

すぐにいつも仕事に行く格好で司は下りてきた。
黒のスーツである。俺からしたら、まだまだ若さが滲み出ている。しかし、こいつの憎きところで何でも似合ってしまう。

「京極に恥かかせんじゃねぇぞ、分かってんだろうな」

司はしっかりと頷いた。
そして、時間が惜しいとでも言うように家を飛び出す。

「ねーぇ辰巳さん、司は当主の座なんて二の次で、すぐに弥刀を助けたいって感じだったわねぇ」

こんな状況だというのに、姐さんはからから笑う。

「そうじゃねぇなら、即破門に決まってんだろ」

ここで初めて、当主は口元に笑みを浮かべた。

はあ、やっと息ができる。そんな気持ちだ。


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