落雁
「司と盃を交わす」
左足に落としていた視線をすぐに戻した。
「えっ、な…」
あたしは言葉が出なかった。
だってそれは、あまりにも低い声で、12代目の声だったから。
父があたしを真っ直ぐと見る。
「あいつは一旦決めたことを曲げたけどな。まぁ、だけどそれ相応に努力をした。俺はそれを認める」
スパァン。
扉が勢いよく開いた。
「つ、司!! 」
白いシャツにスラックス姿の司が足早に入ってくる。
よく見ると顔は痣だらけだ。これ、全部父さんがやったのだろうか。
「辰巳さん、今の話本当ですか」
「おぅ司、聞いてたか」
父さんはちらりとだけ司に視線をやる。
司はあたしに見向きもしない。まるで、今はこっちの方が大事、みたいな。
「俺は嘘はつかねぇ。次期当主はお前しかいねぇよ」
子供みたいな笑顔で父さんは笑った。
司は表情を変えない。変わりに、なにも言えないみたいだった。
「それより司ぁ、お前火緋のアタマ、殺さなかったみたいだな」
ぴくりと司が反応する。
嘲笑。あたしはどきりとした。
「ち、違う。父さん、あたしが司を止めたの」
「弥刀ちゃん」
はじめて司があたしの名前を呼ぶ。
それはもちろん、これから来るであろう父さんの怒りから庇うためだ。
「…とめた?」
低い声が響く。
どきりとする。あたしには1度も怒ったことがない父が、今静かに燃えているのが分かった。
ひんやりと体温が下がるのが分かる。