落雁
「っ、」
視界が暗くなったと思ったら、唇に柔らかいものが当たる。
鼻をかすめる甘い匂い。
少し離れて、唇と唇があたりそうな距離で司は喋った。
「辰巳さんと盃を交わしたら、弥刀ちゃんは本当に僕のものになるね」
「な、ん」
反抗しようとしていた唇をまた塞がれる。
「…違うでしょ、あんたがあたしのものになるの」
「ふふっ」
司はいつもみたいに笑う。
あのとき見せた冷たくてこわい雰囲気なんて、どこにもない。いつもの温和な司だ。
「ねぇ弥刀ちゃん、僕についてこれる? 」
優しいキスが降ってくる。
あたしは司の目を見た。
「僕がなにをやっても、目を背けないでいっしょにいてくれる? 」
蛇みたいだと思った司から、こんなに優しく触れてくる司まで、ぜんぶ。
「…僕が当主になったら、弥刀ちゃんは何が何でも僕と夫婦になるんだから」
覚悟してよね、
長いキスだった。
「…がんばる」
「なんでそんな赤いの? 」
「うるさい! あっち見てろ!」
夫婦という単語が恥ずかしすぎて顔が熱くなる。
「…正直、司はこわいけど」
司が楽しそうに笑う。
無表情で樹を追い詰めた司の顔が思い出される。
「こわい? …でも離したりなんてさせてあげないから」
「上等」
司の指があたしの髪を梳く。