落雁
「弥刀ちゃん、あの運転手呼んで」
「運転手?甚三のこと?」
「あぁ、そうそう」
あたしは眉を寄せる。
こいつが甚三を下に見るのが不満だった。
「何でそんなに帰りたがるのよ」
「寒いでしょ、しかも弥刀ちゃんすごい汗だし」
少し考えてみる。
確かに、すごく吸熱されている。
熱いあたしには外の気温が丁度いいけど、もう少ししたらかなり寒くなりそうだ。
「…まぁ、確かに…。でも部活終わるまで待てばいいじゃん」
「あのさぁ、仮にもきみは病み上がりでしょ?まだふらふらしてるくせに。早く呼んで。と言うか携帯貸して」
あたしから携帯を奪って、勝手に電話をかけ始める神谷。
素早すぎて何の言葉も返せなかった。
「僕。今から迎えに来てくれない?学校に近いボクシングジム。お嬢が熱出て大変なんだよ」
そう言って神谷は平然と電話を切った。
「なに嘘ついてんのよ?!」
「ちょっと盛っただけじゃん」
可笑しそうに笑う神谷。
だんだん寒くなってきた。
神谷が持っていたあたしの鞄をひったくって、その中からジャージを取り出した。
「あ、いいなぁ」
「神谷は上着くらい持ってないの?」
「うん」
Tシャツにスラックスと言うかなり歪な格好の神谷は、身を竦めた。
「仕方無いな、貸してあげるよ」
あたしはジャージを脱ごうとした。
すると、神谷がくっくっくと笑いだす。
「なに…」
「弥刀ちゃんさぁ、イケメンだよね」
肩を震わせて笑う神谷。
「…折角の人の親切を」
「弥刀ちゃんが僕を温めてくるのが1番温かいかな」
「ほざけ」
笑いながら、神谷は鞄から学ランの上を取り出す。
「あるんじゃん」
「制服でしょ。上着じゃないよ」
「屁理屈だ。と言うか、帰る必要ないでしょ」
「弥刀ちゃんは家帰って休んだ方がいいよ」
不服だ。
何であたしがこいつに従わないといけないんだ。