落雁
「あ、ほら来たよ」
引き返そうとした時に、黒ベンツは高速で停まった。
「お嬢!!」
飛んで出てきた甚三の形相は、まさにやーさんそのものの顔だった。
「大丈夫ですか?!」
「さっき倒れちゃってね。弥刀ちゃん、大丈夫?」
当たり前の様に神谷は嘘をついた。
思い切りそいつを睨み付けて、片道30分かかる道を10分足らずで飛んできてくれた甚三にお礼を言った。
神谷が同調しないの?とばかりにあたしを見つめる。
何だかばつが悪くなって、仕方無く神谷に同調することにした。
「ちょっとふらついちゃって」
「無理しないで下さい、お嬢に何かあったら兄貴に何言われるか」
甚三は苦笑した。
まぁ確かに、あの人なら何をするか分からない。
「帰ろうか」
あたしの肩を抱いて、無理矢理車に詰め込む神谷。
「ちょっと、勝手に…」
小声でそう言うと、神谷は可笑しそうな顔を浮かべながら首を横に振った。
こいつ、楽しんでいるな。
「あ、分かった。さてはお前、あたしに先越されるのが怖いから、部活中断させたんでしょ」
「…先越される?」
「あたしがあんたより強くなるのが嫌なんでしよ?」
甚三が堪えきれないと言うように噴き出した。
それは神谷も同じだった。
何だか気分悪い。
「うん、弥刀ちゃんは素直だね」
「馬鹿にすんな」
あたしに手を伸ばした神谷の指を叩き落とす。
それにも神谷は薄く笑った。