落雁
口に運んだ唐揚げを頬張る。
肉の味が口一杯に広がって、つい笑みが溢れた。
今日は珍しく母も晩御飯を一緒に食べていた。
相変わらず好き嫌いが激しくて、野菜を全てあたしの更に乗せてくる。
いくら注意しても反省しないんだから。
ふと父が、あたしの後ろを見た。
廊下を神谷が歩いている。
マフラーをしていたから、外に出るようだ。
「司ぁ、帰るんか?」
神谷がその声に振り向いた。ゆっくり頷く。
「もうちょっと居ればいいじゃない。ご飯一緒に食べましょうよ~」
母は暢気な声でそう言った。
神谷は少し考えて、あたしの顔をちらりと見ると首を横に振った。
「今日は遠慮しときます。ありがとうございます」
優しく笑う。
父が立ち上がって神谷の方に向かった。
扉を閉められて、2人の様子は見ることができなかった。
「母さん、神谷の事知ってたんでしょ」
「まぁね~、ちょと前のことよ~」
けらけらと笑う母。
それでも上品らしさを漂わせるのは、さすが元“夜の蝶”とでも言えるのだろうか。
「でも弥刀、司くん綺麗よねぇ。賀奈子負けちゃう」
可愛らしく言って見せるものの、やっぱり年は年だ。
いいとこ熟女だ。
「顔が綺麗な男はあたしの中で縁がないからなぁ」
唐揚げを頬張る。
「またまたぁ~、寂しいこと言っちゃってぇ」
そこで父が外から戻ってきた。
「神谷、何て?」
「あいつなぁ、今日は帰るって聞かなくてよぉ」
父が神谷に次期当主指名をした日から、あたしは父と言葉を交わして無かった。
そのせいか、今喋った事で相当嬉しそうだった。
全く、やくざ一家の親分でも一般家庭の父親でも、娘に弱いってのは変わらないな。
ふん、あたしが次期当主の座を諦めたとでも思っているのだろうか。
親父、あたしはあんたが思っている以上に頑固だぞ。