落雁

「居ない…?」
「僕、一人暮らし」
「そうなの?!」

ぐい、と部屋に押し込まれた。部屋が真っ暗で何も見えない。

「ちょ、あたしは帰るつもりだったんだけど」
「これなに?」

あたしの持っていた袋を取り上げる神谷。
中を勝手に物色する。

「りんご」
「見舞いに、と思って…」

神谷は顔の横に林檎を並べて、笑顔で言った。

「僕(病人)に包丁持たせるの?」

うつしたくせに?
神谷は優しく呟いた。

あたしが苦笑すると、神谷は承諾したと思ったのか、電気を点けた。

「何も言ってない」
「心優しいみとちゃんならきっと僕の看病もしてくれるはず。だって?誰がうつしたんだっけ」
「…」


それもこれも、お前が原因だろうと声を大にして叫びたかった。

いつまでそうしていても仕方がないから、あたしは靴を脱いだ。


「いつから一人暮らしなんだ?」
「んー、どうだろう」

玄関から通じている廊下を歩いて、神谷はドアを開けた。
リビングのようなところだった。

片付いているのかいないのか分からない部屋で、所々散らかっているので生活感はある。
ソファの背凭れに服がかかっていた。
ローテーブルにはプリントみたいな紙がたくさんと、その正面にテレビ。
その他目を引くものはなかった。まさにシンプル。

「あー」

神谷はリビングに入った途端、そのソファに倒れ込んだ。


< 47 / 259 >

この作品をシェア

pagetop