落雁
「今日、神谷は?来てないのかな。昨日学校休んでたみたいだったし」
「神谷?今日は来ないんじゃない?まだ教室に居たけど」
そっか、とみっきーは呟いた。
彼はこのボクシング部の中でも、あまり強い部類には入らない、大人しめの人だ。
中学校での部活は美術部らしい。そりゃそうか。
「俺、あんな初心者な神谷に秒速ノックダウンされたんだよね。いつの間にかリングから下りていたっていう」
「えっそんなに秒速」
「まぁ俺は弱いから、基本負けるんだけど。あんなに飲み込み早い人初めて見たよ。俺ももっとがんばらなきゃ」
「さすがみっきー、こっちまで泣けてくるくらい前向きだね」
はははとみっきーは笑った。
そうだ。元文化部の彼が、このくそきついボクシング部で頑張っているのだから、あたしも死ぬ気で頑張らないと当主なんてまだまだなんだ。
「じゃあ、お先~」
はははと笑いながら、みっきーはあっという間にあたしを置いていってしまう。
ごちゃごちゃ言っといて、結局足は俊足なんだよなぁ。
負けてたまるか。
「おっ、京極」
「マコト先輩」
後ろから坊主頭のマコト先輩が追い抜いてきた。
本名ツダマコト。当たり障りがない人なので、そのままマコト先輩とみんなに言われている。怒らせると怖い。
「今日、神谷は来てないのか?」
「なんであたしに聞くんですか」
「京極、神谷と仲良さげだろ」
「神谷くんはまだ教室だと思いますよ」
マコト先輩が、さぼりくんか、と少し笑った。
顔はこわもてだが、この人は真面目な性格だ。ちなみに部活をさぼるなんて勿論、休んだことだってない。