落雁
「そろそろ時間ですよ。俺は外で待ってます」
「あぁうん、ありがとう」
あたしは鞄を取りに、部屋に戻ろうとした。
「あぁそうだ、甚三」
そして、司が不意に甚三を呼び止めた。
「…ここ、ごめんね」
にっこり笑って、自分の左頬に指を当てる。
トントン、と何かを示しているようだった。
甚三の左頬には、絆創膏。
一瞬、何かわからなかったけど、すぐに理解できた。
「え、その傷…司がやったの?!」
「お恥ずかしながら」
甚三はばつがわるそうに肩を竦めた。
また、冷水をぶっかけられたような衝撃が体を走る。
あたしは、冷静に判断してみた。そして、思い当たった式。
司>甚三
という式ができあがってしまった。
しばらく何も言えなくて、その間に甚三は出て行ってしまった。
否定もしなかったし、肯定もしなかった。
甚三は無駄な事を喋らないから、司が甚三に傷を作ったということは本当なのかもしれない。
「弥刀ちゃん?行かないの」
はっと我に返って、あたしは部屋に戻った。
父さんだって認めてる、甚三の腕っ節はあたしの憧れだ。
滅多に傷を作らない甚三が、最近珍しくしていた絆創膏。
似合わなさ過ぎると思って、誰にやられたのとかは聞かなかったけど、まさか。
この目の前に居る男がつけたのかもしれないだなんて、信じることが出来なかった。いや、信じたくもなかった。
結局その日は1日中、何にも集中できなかった。