花とミツバチ
「ここだけ掛け率が違うから気をつけてな。あとここも」
「はい、わかりました」
課長はそう書類を指で示しながら、顔を近づける。
ふわ、と漂うのは微かな煙草の匂いと、それを消すような甘めの匂い。
「あと…今夜は?暇?」
「…残業が少しだけ」
「そう。なら丁度よかった」
「梶原課長も、残業ですか?」
「あぁ。少しだけ」
「……」
小さな声でボソボソと交わす会話が示すのは、今夜の約束。
二人で夜を過ごす日は、いつもお互い少し残業をする。8時くらいまで仕事をして、社内にひと気がなくなった頃に二人で会社を出るから。
不倫をしている人間が二人きりで会社を出るなんて、堂々としたものだと思う。けれどそれすらも、彼は恐れたり気に留めることもない。