七都
第一章

プロローグ

 夜空はほの白く雲に覆われ、月も星も見えなかった。時折不気味な音を立てて風が通りすぎてゆく。真冬の大気はつめたく澄んで、しんと静まりかえっていた。

 崖の下から突風が吹き、凛々子の髪が舞った。びゅう、と風の唸る音が耳もとを掠める。凛々子は立ち止まって振り返り、来た道のその向こうを遠く、眺め遣った。

 家に置いてきたふたりの子どもたちは、まだ眠っているだろうか。起きて母がいないことに気づいて、そしてどうするだろう。娘たちのことを思うと胸が痛んだ。

 いつこうして、そばにいられなくなるかと、ずっと思ってきた。

 その日が来ることを恐れ、けれどそれはきっとそれほどに遠くない未来に現実になるだろうと。

 まだおとなになりきるには遠く時間の足りない娘たちだけれど、それでも、母親がいなければ生きてゆけないほどに幼くはないはずだった。そんなふうに育てては来なかった。あの子たちならきっと大丈夫だと。そうはっきり凛々子は思えるのだけれど、心配が遠ざかることと、心が痛みを覚えないことは、また別の問題だった。

 反抗期真っ盛りの七都はきっと、また泣いて怒るだろう。

 おかあさん、あたしたちよりも第七都のことのほうが大事なんだ、と。

 そうではないと、もう言ってやれないことがせつない。

 どうして自分が第七都の革命に加わらなければならなかったのを、七都が理解できるだろうと思える日が来たら、きちんと話してあげようと思っていた。けれど結局その日が来る前に、自分があの子たちのもとを去る日がきてしまった。

 時が来るのを待つことなどせずに、言ってあげればよかったのかも知れなかった。なによりいちばん大切に思っていたのはいつだって、七都と優花のことだったと。

 大切な人のことを、何があってもまもりたいと願う、そんな気持ちを知ったから自分は、第七都の革命に関わることになったのだと。

 けれどそれはもうできない。時は訪れたのだ。

 凛々子は諦めたように、苦笑と共に溜息をつき、そしてまっすぐに前を見つめた。

 静まった夜の景色の中に、人の気配はない。けれど誰もいないはずなどなかった。警戒して姿を見せないのだろうか。見れば自分が丸腰できたことくらいわかるだろうに。いくらなんでも、素手で人間を捻り殺せたりなどしない。

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