七都
 凛々子はやがて指定された場所にたどり着いた。

 遙か下に川を見おろす、崖の先端。多摩川を挟んで、その対岸に見えるのが第一都。距離にしたらほんの数百メートルしか離れていないのに、なんと遠いのだろう。

 いつになればこんな、馬鹿馬鹿しい戦事は終わるのだろうか。今自分がこうしてここにいることが、終わりのための布石のひとつになればいいのにと。ただそう願うことしかできない。

 凛々子は向こう岸を眺め、瞳を細めた。突如、背後で火の手が上がった。揺らめく炎に、ふり向いた凛々子の頬が赤く照らし出される。退路を断たれ、けれど凛々子はわずかほども慌てたりはしなかった。この期に及んで、逃げ出すつもりもなかった。

 ぱちぱちと火の粉が飛ぶ。それにかまわず凛々子は、崖の淵に向かい歩き始めた。多分敵は、対岸にいる。第一都赤軍将軍、その正体は明かされておらず、人々には「赤い翼の魔女」と呼ばれていた。大将軍のこどもたちのうちのひとり。

 一度だけ剣を交えた。長い髪と胡桃色の瞳を覚えている。おとなびた、冷涼な瞳をしていたがまだ少女だった。

 さらに先に進もうとした凛々子は、ごつごつとした岩に靴の先をぶつけて、少し顔をしかめた。暗くてよくはわからないけれど、きっと今のぶつけようでは、きずがついただろう。

「いやね。お気に入りなのに」

 あかあかと燃え上がる火を背にして、凛々子が場違いなつぶやきを洩らした。

 昔、惠暁宮を飛び出して街にはじめて降りたときに、おとなになったお祝いだよと、夫が買ってくれた靴だった。きれいな赤が凛々子によく似合うねと彼が言った。少し高い踵の華奢な靴。初めてこんなかわいい靴をもらってとてもうれしかった。

 きっとこれからは、こんなふうに、普通の女の子のように、好きなものを着て好きなことをして、大好きな人と一緒に生きていくのだと思った。

 それは半分はその通りで、半分はそうはならなかった。

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