七都

はじまりは

 強い風が吹く。煽られて炎が、さらに勢いを増した。

 炎の揺らめきを眺めながら、彼女はどのように自分を始末するつもりでいるのだろう、とそんなことを考えていた。

 逃げ場もないこんな崖の淵で、炎に巻かれて逃げ惑わなければならないのか。この火が風の勢いで辺りを焼き尽くすまで、待たなければならないのだろうか。あり得る話だ。一街と四街を灰燼に帰しその挙げ句、自分をここまで引っ張り出すことに成功した「魔女」のやることなら。

 いずれにしても、経過がどうであれ、結末が同じだということはわかっていた。そこまでの道のりが長引こうがさっさと終わろうが大差ない。どちらでもいいことだ。

 不意に対岸で影が動いた。闇の中だったが、それを凛々子は見逃さなかった。魔女だ、凛々子は確信した。

 その時だった。

「おかあさん!」

 炎の向こうから、声が届いた。凛々子は耳を疑った。

「おかあさあん!」

 凛々子が振り返る。炎の向こうに、娘たちの姿があった。

「どうして」

 今更何も恐れるものなどない自分だけれども、それでもこうして、目の前に娘たちの姿があると、立ち止まらずにはいられない。凛々子は唇を噛んだ。目の奥が熱くなる。

「七都、優花……」

 泣きじゃくる七都の顔が炎に照らされて見えた。今にも炎の中へ飛び込みそうな七都の腕を、優花が必死になってつかまえている。

 自分のしてきたことを、なにひとつ後悔しないと決めていた。そうしなければ、すべてのことを悔やんでしまいそうだったから。

 けれどもうこの子たちのそばにいられない、そのことを、何の痛みもなく受け容れられるわけがなかった。ただ選択の余地はなかったのだ。

「おかあさん、おかあさん!」

 七都の悲鳴にも似た泣き声が、風と炎にかき消される。もう手をのばしても届かない。凛々子の眼前まで炎が迫っていた。
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