七都
風がつめたくなり始めていた。
聖羅は、昨夜から降り続く雨から逃れ、教会の軒下に逃げ込んできた家のない人々に、大シスターから預かった駕籠をさげて固いパンを配っていた。
絶やさぬその微笑みは、一見、完璧なまでにやさしく慈愛に満ちた、聖母の像に酷似していた。
パンを受け取った老婆が聖羅に言った。
「雨は止まないし、第一都と第七都の戦争みたいなのも終わらない。おかげで人は住む場所も脅かされて、なのに自由も未だにやってこない。いつまでこんなことが続くかね。神様はいるのかねえ、シスター、あんたはどう思う?」
聖羅は、やさしげな笑みの形をかけらほども崩さぬまま、老婆に語る。
聖書の一節を。
「主の御業はすべて良く、時がくれば主は必要なことをすべて満たされる。これはあれよりも悪い、などと言ってはなりません、どんなものも、時がくればその良さが証明されるのですから」
「そういうもんかねえ……」
老婆は納得したとはとても言いかねるような表情で、固いパンに歯を立てた。
「あんたはいつもそう微笑んでいるけれど、怒ったり泣いたりすることはないのかい?」
そのことばに、聖羅はゆっくりと首を振る。
「いいえ」
そうして聖羅は、まだパンをもらっていないこどもたちの方へ、乱れぬ足取りで歩いていった。それを見送り、老婆が隣に座って同じようにパンをかじる男に、ぽつりとつぶやいた。
「シスター聖羅はいつもああやって笑っているけど、なんだか人形みたいだね。何を言っても聖書の中にある言葉でしか答えてくれない。神の言葉じゃない、シスターの生の言葉を、あたしは聞いたことがないんだよ……」
聖羅は、昨夜から降り続く雨から逃れ、教会の軒下に逃げ込んできた家のない人々に、大シスターから預かった駕籠をさげて固いパンを配っていた。
絶やさぬその微笑みは、一見、完璧なまでにやさしく慈愛に満ちた、聖母の像に酷似していた。
パンを受け取った老婆が聖羅に言った。
「雨は止まないし、第一都と第七都の戦争みたいなのも終わらない。おかげで人は住む場所も脅かされて、なのに自由も未だにやってこない。いつまでこんなことが続くかね。神様はいるのかねえ、シスター、あんたはどう思う?」
聖羅は、やさしげな笑みの形をかけらほども崩さぬまま、老婆に語る。
聖書の一節を。
「主の御業はすべて良く、時がくれば主は必要なことをすべて満たされる。これはあれよりも悪い、などと言ってはなりません、どんなものも、時がくればその良さが証明されるのですから」
「そういうもんかねえ……」
老婆は納得したとはとても言いかねるような表情で、固いパンに歯を立てた。
「あんたはいつもそう微笑んでいるけれど、怒ったり泣いたりすることはないのかい?」
そのことばに、聖羅はゆっくりと首を振る。
「いいえ」
そうして聖羅は、まだパンをもらっていないこどもたちの方へ、乱れぬ足取りで歩いていった。それを見送り、老婆が隣に座って同じようにパンをかじる男に、ぽつりとつぶやいた。
「シスター聖羅はいつもああやって笑っているけど、なんだか人形みたいだね。何を言っても聖書の中にある言葉でしか答えてくれない。神の言葉じゃない、シスターの生の言葉を、あたしは聞いたことがないんだよ……」