トリプルトラブル
 「トップの位置で手首を内側にロックして、親指が下に向くようにリリースすれば、負担はかなり軽減されるって」


早速ホームベースに向かってカーブを投げてみる。
でも……
親指を意識し過ぎて、ベースの手前でバウンドした。




 (――力不足か……
――いや違う。
基本を忘れていたんだ。

――そうかだからキャッチボールなのか?)


秀樹はやっと、コーチの言った『基本はキャッチボールと遠投』の意味を理解した。

直樹に向かって、ただ無心に投げていた子供の頃を思い出しながら。


そして自分の心に決着を付け、やっと覚えたカーブを封印することを決めた。


『あのコーチに付いていけば、甲子園だって夢じゃないよ』
昨日直樹が言ったその言葉を信じてみようと思った。

それは秀樹が少しだけ大人になった瞬間だった。




 本当は解っていたことだった。
でも忘れていたのだ。


(――あー、何遣っていたんだろ……)

秀樹はその時、自分を過大評価していたことにも気付いて苦笑いていた。


もう一度マウンドに立って直樹を見つめた。

ありがとうと言いたくて。


「基本はキャッチボールと遠投か」

秀樹はその意味を模索し初めていた。
そのためにもう一度目を閉じた。
無心になりたくて。


「直樹わりー。もう少し付き合ってくれ」
秀樹はそう言うと、子供の頃二人で遊んでいたキャッチボールを思い出していた。


(――最初はグラブなんて無かったな。
でもあれはあれで楽しかった)

グラブを外し、お手玉のようにボールを上に投げては取る秀樹を直樹は首を傾げながら見ていた。


(――もしかしてキャッチボールか?)
直樹はその答えに満足するかのように、身構えた。

何時ボールが飛んで来てもいいようにと思って。




『体に負担のかからない投げ方は、力のロスをなくし、無駄のないフォームを作る事』

以前カーブを教えてくれた前任コーチが言っていた。


(――果たして今、自分に出来ているのか?)

秀樹はもう一度その意味を考えてみようと思った。


(――力のロスをなくす?
いや、出来てない。
俺の場合無駄に力んでる。

――無駄のないフォームを作る?

――これも駄目だ)

直樹にタイムをかけて一旦マウンドを降りた秀樹。

呼吸を整えてから仕切り直しに又入った。


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