トリプルトラブル
 「あー、思い出した。君は羽村大(はむらひろし)君だ」

私は高校を卒業してからも、直樹君の姿をグランドのフェンス越しに眺めていたのだ。


甲子園への出場のかかる夏の大会。

松宮高校野球部は新聞記事なので取り上げられることが多くて、朝練などで走る川沿いのフェンスは常にごった返していた。


元プロレスラー《平成の小影虎》の息子達を見ようと集まってきた人達だった。

その頃の野球部はキャプテンの直樹君の元で纏まっていた。

その中にありながら、人一倍元気な掛け声を出していたのが羽村大君だったのだ。

大君は、チームのムードメーカーとして松宮高校を甲子園へ導いた立役者だったのだ。




 「えー、俺のこと忘れてたのか? 酷いよ直のことはすぐ思い出したのに……」
大君はご機嫌斜めだった。


「仕方無いよ。同じ顔がいきなり二つあれば、誰だって思い出すよ」

私はもじもじしていた。


目の前には大好きな長尾直樹君がいる。

松宮高校を卒業した時、もう逢えなくなると思って寂しかった。


(――帰りたくない)

私は陽菜ちゃんには悪いけど、直樹君の傍に居たくて仕方無くなっていた。


「はいそうです。私は頼まれて来ました」

私は嘘を言っていた。

何が何だか解らない。
でもやっと逢えた直樹君と離れ離れになるなんてイヤだったのだ。


「よし解った。そう言うことなら早速引っ越しの手伝いしてもらおうかな?」
大君が言ってくれた。
私は大きく頷いた。




 その時、引っ越し業者の二人が睨んだ。


「すいません。私、この二人のお母様に頼まれてまして」
必死に言い訳をする私を直樹君が不思議そうに見ていた。


「あー、やっぱり!!」


「何なんだ?」


「ママが憑いて来た」

そう言った直樹君の横で秀樹君も青ざめていた。


「えっーーっ又かー!!」

大君までもが悲鳴を上げた。


(――な、何なのよ!?)

私は訳も解らずただ呆然としていた。


三人は何を思ったのか、私が本当にお手伝いさんとして来たと勘違いしたようだ。

ただの口から出任せだったのに。


でも、それだけではなさそうだ。
三人の私を見る目が何かおかしい。
それが一体何なのか、私は考えあぐねていた。




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