トリプルトラブル
番外編・美紀正樹
 ――ガチャ。

夫婦でドアを開ける。


「始めての共同作業」

正樹が照れ隠しにそう言うと、美紀は思わず赤面した。

慌てて、キョロキョロ始める。


「あっ、レンテンローズが咲いてる。これ花ママ好きだったね」
美紀は誤魔化したつもりていた。
でも正樹はお見通しだった。


レンテンローズ……
別名クリスマスローズと言い、クリスマスから復活祭までの祈りの期間に咲く。

花言葉は追憶。

だから美紀はこの花を見る度に珠稀を思い出してしまうのだった。


「私の心配を和らげて」
クリスマスローズの、もう一つの花言葉をそっと呟く美紀。

正樹は思わず美紀の唇をキスで塞いだ。

誰が見てても構わない。

寧ろ見せつけてやろう。

俺達は夫婦になれたのだから……
そう思いながら。




 「やっぱり怖いか? ママが居るこの家が」

でも美紀は黙ったままだった。


新婚初夜が、新郎の愛妻の霊憑き自宅だなんて誰だって怖い。
でもそれは美紀自身が選んだ。
ママにも母にも仲間になってもらい、ワイワイ……

本当は邪魔されたくはないけれど。


珠希だったら自分の隙を突いて、パパにちょっかい出すに決まっているから。

返事の代わりに玄関に飾ってある雪柳をつつく。

花言葉は殊勝。
けなげで感心と言う意味だ。

正樹は美紀に一番似合うと思っていた。

もう一つの花言葉はは愛嬌。
これは珠希だろう。

正樹は精細な雪柳のような美紀を抱き締めたくて仕方なかった。




 「ママただいま」

仏間を開け、珠希の遺影と向き合う美紀。

正樹はその隣に座った。


「さっき式を挙げてきたよ」

オリンを鳴らしながら一言だけ呟く正樹。
美紀もその音色を聞き入った。


残り少なくなった水仙は遺影の横の花瓶に挿してある。

花言葉には自己愛や片思いなどがある。

美紀は正樹の愛が欲しくまらなかった。
だからこの花を育てたのだった。


『愛をもう一度』
もう一つの水仙の花言葉を珠希にそう囁かされそうな正樹。

慌てて首を振った。




 「ねえパパ」
庭の沈丁花を見ながら美紀が何時ものように語りかける。



「こら、美紀。旦那に向かってパパはないだろう? 物凄く、悪いことしてる気がする」
正樹は美紀のオデコを軽くつついた。


「あ、ごめんなさいパパ。でも何て呼んだら良いのか解んないよ」

美紀は正樹に甘えながら言った。

そう言われてみればその通りだった。

珠希が何て呼んでいたのかさえ解らなくなってきていた。


「確か、ダーリンだったな。二人きりの時は」


「ダーリン」

爪先立ちして正樹の耳元で囁く。

その途端、正樹に抱き締められた。


「俺の身体がお前を感じてたがっている。だから今いいかい?」


「此処ではいや。だってママが見ているような気がする」

そう言いながら、香りを吸い込んだ。


沈丁花の花言葉は不死身。

それはこれからの生活を意味しているように感じた。


『ダーリン』
そう言いながら、仏間から珠希が現れそうな気配だった。




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