恋愛メンテナンス
clean 9 涙
日中から夕方過ぎても、アパートは静かなまま。

隣りから、女の声も子どもの泣き声も聞こえなくなった。

永田さんの、昨晩の怒鳴り込みのおかげ。

そう思うと、タバコとは別で何かをお返ししたくなって、少しだけ多めに作った豚汁を器に入れて、タバコのカートンと一緒に持って行く。

ピンポーン…

まだ食事、済ませてませんように。

「はい…」

扉を少しだけ開けて、私だと確認をすると、永田さんは大きく扉を開いた。

「美空です。これ、遅くなったけど頼まれてたタバコのカートン」

差し出すと、受け取った。

「おぉ、バッチリだなぁ。間違った名がらだったら、意地悪して買い直せって言ってやろうと思ってたのに、残念」

「そういう事は、胸の中で言いなさい。イチイチ口に出しなさんな」

「いやいや、本当に助かります。有難うございます」

おまえが買って来いって言ったんだろうが!

「あと、これも良かったら。豚汁作ったの。美味しくないかも知れないけど」

恥ずかしいから、目はあえて合わせない。

「はぁ?なんのマネな訳?」

素直に頂きますと言えないのだね、コイツ。

うっざいなぁ~。

説明したいけど、202号室の住人には聞かれたくないしなぁ。

「まさか豚汁で、採用にしてくれって催促かぁ?賄賂ってやつ?」

「違います!」

私はどうしようもなく、手招き。

「なんだよ」

上を指差して、小さな声で言った。

「昨晩の…怒鳴り込み…」

「はぁ?小さくて聞こえねぇなぁ」

もぉ!アホかコイツ!

永田さんは耳元を私の顔に近付けた。

「うちのお隣さんに、うるさいって言ってくれたでしょ?」

「だから豚汁?もしかして?」

驚いた顔付き。

うんうん。

何度も頷いた。

「そんだけで、わざわざ、あんたが豚汁?」

うんうん。

再度大きく頷いた。

「アホだな…」

溜息を付かれた。

永田さんは私の袖を摘んで、狭い玄関へと引っ張り入れて、扉を閉めた。

「あなたのおかげで、静かになったんだもん。有難うございました」

ペコリと頭を下げた。

「なんだそりゃ。だいたい、あんたもこれまでうるさかったんなら、言いに行ってやったらよかったんだ」

キッパリと答える。

「そんな事、出来ない出来ない」

あんたみたいに私は強くないからね。


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