恋愛メンテナンス
「ったく、俺にはそうやって横暴な態度する割には、肝心な時にキモが座ってねぇんだな。あんたってやつは」

おい!横暴って何なの?!

「じゃあもう、豚汁やっぱりあげない」

「あぁ、貰う貰う!有り難く貰っとく。すまんすまん!」

私がドアノブに手を伸ばした時に、永田さんの手が、私の手を握った。

「わ、悪りぃ…」

私、本当に今まで隣りの騒音に悩んでたんだから。

悩みながら、自分の生き方にも苦しんでたんだから。

避けて…逃げて…。

いつもそういう、シェルターみたいな場所ばっかり探し、出歩いていた。

こんな事でも、たくさん泣いたりしたんだからね。

怒鳴り込みに何度も行こうとした。

でもいざとなると、伝えたい言葉がうまく言えない。

結局、私がどこかへと出掛けた方のが近道で。

毎日、同じ日々を繰り返していた。

そんな毎日を、もう送らなくてもいいって思えたら…。

そりゃあ、私の思っていた事をそのまま代弁してくれた事に、感謝したくなるのは、当然でしょうよぉ~!

自分の癒しのアパートに戻ったんだから…。

「あれ、おい、もしかして泣いてんのか?」

そらもぉ~、泣く泣くぅ~…ウウッ…

うえぇぇぇん!!…

「だってだって、本当に本当にうるさいのが嫌で嫌で、つらくて苦しくて悩んでたんだものぉ~!」

「意味分かんねぇけど…よしよし」

困った顔をしながらも、永田さんは私の頭を軽く撫でた。

「とりあえず、済んだ事をまた思い返して泣くのは、無駄な事だからなぁ。とっとと泣き止め」

もっと優しく言ってくれないと無理…。

ポロポロと涙を落としながら、何度も拭く。

「自分の家なのに…毎日落ち着かなくて…外へと出ても…今度は帰ろうとする度に足が進まなくなるの…癒しの場所じゃなくなってて…つらかったの…」

「そうかぁ…。それで、まさか銭湯だの夜遊びだの、出掛けてたとか?」

私は頷いた。

「逃げるしか方法は見つからなかったのか?」

そんな事ないけど。

「あんたは正しく住んでる。向こうが間違って住んでんだぜ?怒鳴り込むんじゃない。知らない奴には、教えてやんなきゃ。社会人同士なんだから、理解出来ない訳ないんだ…。なぁっ?そうだろ?」

鼻水をすする酷い顔した私を、真っ直ぐな視線で、覗き込む。

「まぁ、いい。あんたは女だからなぁ」

永田さんは私の頭を、優しく撫で撫でする。

「よしよし、泣くな…」

私は優しい言葉に、そのまま永田さんの胸の辺りに泣き顔をそっと埋めてみた。

「アホアホだなぁ…あんたって女は…」

心臓の微妙な揺れで、私はこの人の人間としての温かさと深さを知った。

この胸の中に、泣き顔を埋めると自然と涙が止まる事も知った。










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