恋愛メンテナンス
3月15日。

営業所で、所長が朝礼をする。

めったにやらないから、私は不思議がっていると、

「おはようございます。えぇ、永田くんちょっと前へ…」

私の隣りに居た輝は、所長の前に移動して立つ。

そして、証書の紙を読み上げた。

「永田 輝副所長殿。4月1日付けを持ち、静岡営業所、所長職任務として、人事異動を申し付ける。○○メンテナンス株式会社、社長○○」

「えぇぇー!」
「えぇえー!」

えっ?人事異動?

えっ?どういう事?

輝は証書を受け取り、真っ直ぐ前を向き誰とも視線を合わせない。

「永田くんは会社の若き人材、エースとして。難しい昇進試験を合格し、晴れて静岡営業所という、ここよりももう少し規模の大きな営業所へと、所長として異動します」

何…?

何よ、ソレ…。

全然知らなかったんだけど。

昇進試験だとか、人事異動の事も…。

オバチャンがボヤく。

「だから、最近本社ばっか行ってたのかぁ…」

「そっかぁ、それでねぇ…」

そうなの?輝…。

輝は挨拶をする。

「昇進試験は、所長の推薦で半年前に受けました。自分なんかが、まさか所長職になれるだなんて思ってなかったんで、近くに部屋まで借りてしまったんですが。20代で入社して、事務所の掃除から始まり、トイレ清掃、ビルメンテと。こつこつやって来た積み重ねの知識だけで、この度、一つの営業所を任せられる事になりました…」

私は瞬きもしないで、あ然と見つめていた。

もしかして、まさかの、本気の離れ離れってやつ?

付かず離れず…。

じゃなくて、本当の遠距離って事?

「皆さんの温かいお言葉、至らない副所長への優しいご指導、静岡へ行っても忘れません。あと数日ありますが、本当にお世話になりました。有難うございました」

有難うございます、じゃないだろっての。

輝…。

輝、何で私を見てくれないの?

どうして?

ふと、よぎった…。

もしかして、静岡に行くって分かってたから、輝は私に「一緒に住みたい」って言ってくれてたの?

拍手が鳴る中で、

「えっと、もう一つ報告があります」

所長が思い出したように言った。

「美空さんですが。永田副所長のお許しも出た所で、皆さんの御要望の通り、長時間パートタイマーになりましたので。皆さん、よろしくお願いしますね」

えっ…?

わ、私…。

拍手は私に向けられた。

「良かったねぇ」

オバチャンに言われて、私は反応に困ってしまった。

輝は、やっぱりそれでも私を一切見なかった。

自分で望んでいた長時間パート。

叶った事で、失いかけているモノが有るように思えた。

輝は、どんな気持ちで「仕事頑張れよ」と私に言ったのだろう…。
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