マリー
 足を踏み出した知美の足を、潤った大地が呑みこもうとする。足元が滑り、顔や手足に泥が付着する。

 だが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 立ち上がると、今度はしっかりと歩を進める。どの方向に行けば目的の場所につくか分からない。だからこそ、ただ前へと歩き続ける。

 ね、冗談だよね。何を考えているの?

 マリーの声を雨と風の音がかき消していく。

 それが妙に心地よい。

「お母さん、もうすぐ会えるね。今度は怒らないでくれる?」

 今までどんなに悲しいことがあろうと、彼女を思って涙を零したことはなかった。だが、いまだけは素直に涙が出てくる。

 目の前からかけてくる雨を含んだ風が、この迷路は長くないと告げてくれていた。

 暗闇の森をわずかな光が照らしだす。知美は歩くスピードを速めた。そして、視界を覆っていた森があっという間に消失した。知美の体には先ほど森を殴っていた風がダイレクトに届く。だが、その先は何も見えない。

 知美はその場所に歩を進める。下から強い風が吹き上げ、知美の髪の毛を揺らした。
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