マリー
 知美は頷いた。

「橘さんはそれをすごく楽しみにしていて、その日、体調が良かった事もあって、彼女が中学校の帰りに必ず通る道で待っていようとしたんだよ。でも、夏の天気は変わりやすい。待ち合わせの二十分前になって雨が降り出した。

白井さんは傘を持っていなかったこともあり、雨が止むまで友達と学校で待っていたんだ。家に迎えに行く予定だったから、少しくらい遅れても平気だという気持ちもあったんだと思う。すぐ止むと思っていたし、まさか橘さんが家から程遠い場所で自分を待っていたことなんて知らなかった」

「麻里さんは?」

「雨に当たって体調を崩していたらしい。君の伯母さんに当たる白井伊代さんが通りかかって、彼女を家まで連れて帰ったと聞いた」

「伯母さんも麻里さんを知っているの?」

「年齢が離れていたけど、顔と名前くらいは知っていたはずだよ」

 幼馴染といっていた伊代が知っていてもおかしくないとは思う。

 だが、彼女の日常を綴った日記がそこで終わっているのを思い出す。

 岡崎は知美の気持ちを悟ったのか、小さく頷く。

「彼女の体には堪えたんだろう。それからしばらく寝込んで、白井さんからもらった人形を抱きしめたまま、亡くなったと聞いた」

「じゃあ、二人は約束したのが最後だったの?」

 彼はもう一度頷いた。

「白井さんも家に行こうとはしたらしい。でも、彼女は母親と病院にいて留守だったんだ。白井さんも気になっていたようだが、その時、通りかかった友人に橘さんは家族と旅行で家を空けていると教えられたと君の伯父さんから聞いた。電話もつながらないし、彼女が信じるには無理もなかったんだと思う。橘さんの両親は彼女がなくなってしばらくは、誰にもその事を言わなかった。わたしが彼女の状態を聞いたのも、彼女がなくなってしばらくしてからだった」
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