マリー
 掛け違えたボタンは定位置に戻ることはなかった。

 知美は岡崎を見た。彼はゆっくりと頷く。

 岡崎と話し合い、このことは一部の人間の心に秘めようと決めた。

 今まで知ることができたすべての事を考えて、下手に人に聞かせていいものではないと思ったのだ。

「きっと、幻だったんですよ」

 知美は視界が潤んだのに気付かれないために、精一杯笑う。

「そうだね。少しだけ、掃除をしようか」

「白井さんは無理をしないでください。わたし達でしますから」

 動こうとした将を岡崎が制す。

 知美は人形をバッグの中に入れると、地面に置く。

 そして麻里のお墓の前で手を合わせた。

 知美の眼前にあった枯れた花がすっと抜かれる。それを抜いたのは優しい目をした岡崎だった。

「水を入れてきますね」

 知美は岡崎に水道の場所を聞くと、花瓶を手に立ち上がる。

 その時、将と目が合い、笑みを浮かべる。

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