マリー
「先生」

 彼女が自分のことを覚えていたことに、ほっと胸を撫で下ろす。

 何があったのか聞こうとしたとき、人伝に聞いた彼女の情報を思い出す。

 彼女が何らかの辛い経験をしていてもおかしくない。

 だからこそ、あえて理由を聞かずに、彼女をなだめることにした。


「このままじゃ風邪を引きますよ。わたしの家が近くにあるから、雨宿りでも」

 そう言いかけた岡崎の手に白い手が触れる。

 大きく伸びた背丈とは対照的に、彼女の手は小さいままだった。

 岡崎の体温を奪い去ってしまいそうなほど冷たい手に思わず身震いする。

「いいんです」

 雨音にかき消されそうなほど、小さな囁くような声が届く。

 彼女は目を細めていた。だが、その目に光はない。

 岡崎は目を見張る。

 白井美佐は自分の気持ちを悟られることを拒絶したのか、目を閉じる。

次に岡崎の視線が見たのは彼女のバッグだった。

そこから雨に打たれながらも独特の艶やかさを放つ茶色の髪の毛が飛び出していた。

洋風の人形は決して今は珍しくはない。だが、岡崎はその人形の持ち主を知っていたのだ。
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