マリー
 そして、冷たい優子の行動は美佐を思い出させた。

新しい居場所だと思ったこの家も自分がいてはいけないのだということを突きつけられた気がした。

 伊代の視線が知美に向くのが分かった。とっさに、伊代も優子と同じことを言い出すのではないかと思ったのだ。

怯える気持ちが先行し、伊代から目を逸らす。呼吸が乱れ、脈拍が上がる。

「わたし、帰ります。だから、あの」

 謝ろうとした言葉を呑み込む。知美自身、どこに帰れば良いのか、何に謝ろうとしているのかも分からなかったのだ。

 そのとき、知美に体に影が掛かる。その影の正体を確認する前に、肩に手が置かれるのを感じ取る。

 伊代が悲し気に微笑んでいたのだ。

「ここはあなたの家なのよ。だからそんなことを気にしないで。優子のことはわたしたちで説得するから。普段はそんなわがままを言う子じゃないのよ」

 誘惑のような言葉だった。美佐を失い、一人になった知美はその言葉を信じてみたくなり、うなずいていた。自分の居場所を欲していたからかもしれない。


「伯父さんは?」

「仕事に出かけたわ。学校まではわたしが一緒に行くから、大丈夫よ」

 知美はもう一度、伊代の言葉に頷いた。
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