マリー
「さようなら」

 辺りの雨音に解け入りそうな声が響く。

「白井さん」

 彼女の名前を呼んだが、呼び止める力はなかったのだろう。

 軽い足音とともに彼女の姿が小さくなっていく。

 岡崎は意味深な言葉を残した彼女を放置しておくことができずに、その遠ざかっていく姿を追った。

 運動が得意な彼女であったが、成人した男とまだ十五歳の彼女では体力差もあったのだろう。

すぐに彼女との距離は狭まっていく。彼女との距離があと一息だと感じたときだった。

 無数の雨粒が光を帯びる。その光の先には発生源と思しき、視界をくらますほどの強い光がある。


岡崎の意識はそちらに移る。気づくのが早いことと、ライトが灯っていたことが幸いしたのだろう。

手を伸ばせば触れそうな距離で、岡崎の目の前をトラックが抜けていく。

 そのトラックが走り去ったのを確認し、胸を撫で下ろす。そして、走り去る少女の姿がフラッシュバックのように蘇る。

 辺りを見渡すが、道路には彼女の姿はない。もう、彼女の姿はどこにもなくなっていた。

 目の前には森があるし、その脇には民家に通じる道がある。

 そして車の流れに沿うように道があり、その脇には奥に入る細い道もある。

 彼女がどこかの道を行き、姿を認識できなくなったとしても不思議なことではない。

彼女の名前を呼び、辺りを探すが、どこにも見当たらない。

岡崎は身震いした。闇雲に探しても時間が過ぎ、体温を奪われるだけだ。

幸い家は近い。一度家に帰り、彼女の家族に連絡を取ろうと決めたのだ。
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