マリー
 家に戻ると、靴下を脱ぎ、素足になる。そして、タンスからバスタオルを取り出し、髪の毛から滴り落ちる雫を拭く。

着替えようかと考えたが、そのタンスの隣に昔クラスで配布した連絡網を入れていたことを思い出し、引っ張り出す。

 岡崎の手は白井美佐と記された番号をプッシュする。

 引っ越しているかもしれないという不安はあったが、心配は不要だった。すぐに電話がつながり、白井と名乗る男が出た。

 低い声だが、言葉の節々にあどけなさを感じる。恐らく、彼女の兄だろう。

「私は小学校のとき、白井美佐さんの担任をしていた岡崎といいます。今、美佐さんが」

 岡崎は先ほどの一連の流れを説明する。電話口の向こうにいる男性が息を呑むのが分かった。

「美佐はどの方角に向かいましたか?」

「私の家の前の道路を横切って。それからは姿が見えなくなりました」

 息遣いさえも聞えない静かな時間が流れる。そして、電話口から押し殺したような声が届く。

「ありがとうございました。こちらで探してみます」

「行きそうな場所があれば、教えていただければ、わたしのほうでも探してみます」

「御心遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。わざわざありがとうございました」

 彼は丁寧に言葉をつづり、電話を切った。
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